小説★月の道

36 不調のなかでも

36 不調のなかでも  

                               by 聖 ★章弘(akimitsu)



 鬼の背中へと、ボウの体温が伝わってくる。
 明らかに高い体温。ぐったりとしたボウを心配そうに、理解できない小声で理解できない言葉を伝え、励ます鬼。
 
 ボウは再び眠りについた。
 その寝息は熱く苦しそうに口で呼吸している。弟子は後ろから腕を伸ばしてボウのオデコへと手のひらを当てる。
 「あつい・・・。」
 ボウの額は熱く、べっとりと汗ばんでいる。

 洞窟で休んで、しばらくすると唐一朗があらわれた。
 事情を説明すると、
 「よい小屋がある・・あと半日は歩みますが」
 ことは決まり、皆が立ち上がり仕度をしていると、
 「ボウ、ボウ」

 鬼が両腕にボウをかかえ、旅僧にことを訴えてくる。
 鬼の腕に抱かれたボウは、ぐったりと力なく抱かれ、腕がダラリとぶら下がっている。
 「寝ているのか」
 旅僧は一言つぶやくと、鬼に抱かれているボウに近づき額に手をあてる。
 
 「あつい・・・熱が・・。」
 額に汗かき、口で苦しそうに息をしている。
 「顔色が少し、悪かったようですから」

 弟子がボウの顔を覗き込み、
 「旅の疲れも緊張も高いでしょう・・・・。唐一朗殿」
 不意に振り向き、
 「その小屋まで急ぎましょう。暗くなると叉、熱のほうも上がるかもしれない」

 今までのように、師の言いなりに動くのではない。
 この2日ほどで、今必要な判断を口に出すまでに逞しくなってきている。

 弟子の少しの成長を、旅僧も感心してみていると、
 「よろしいでしょうか」
 旅僧への確認をする礼儀も忘れていない。
 旅僧が『うむ』と、頷くと、
 「私がおぶいましょう」

 鬼から自らの背中へと受け取る動きをするが、鬼は首を横へとふり、ボウを旅僧に渡して自ら背中を見せてしゃがみこむ。
 旅僧はボウを鬼の背中へ乗せると、ボウの脇から腰紐を通して、ボウが落ちないように軽く結わえる。



 「水が欲しいな」
 意識があるのか無いのか、鬼の体に顔を伏せたままボウがつぶやく。
 ボウの口へと弟子が水をはこび与える。ボウは軽くすすり喉を潤して、鬼の背中へ顔をふたたびうずめる。

 「水が無い」
 弟子が竹筒を振って水が入っていないのを確かめる。
 「儂も空っぽだ」
 旅僧がつぶやき、慎太郎と唐一朗へと視線をむける。

 慎太郎は旅僧と目が会うと唐一朗へと視線を投げて『どうだ』と声をかける。
 「しばらくゆけばある」
 唐一朗は顎をさすりながら、 
 「みずならば・・・そこいらで湧いている清水ぐらい・・・あると思いますが・・。」
 唐一朗はしばらく考え込み、
 「しばらく歩きにくくはなりますが、沢のほうを通りますか・・・水の心配はなくなります。まだ、梅雨の少なく水も少ない・・・湧き水もすくないかも・・・沢を歩きましょう」

 時間がかかっても水が大事。
 歩きにくくても沢伝いに歩き小屋へと向かう事に決める。これで水はしばらく心配なくなる。

 道中は、しばらく静かなものだった。
 皆が疲れている事もあるが、ボウが静かな事が一番の原因なのは、たしかだった。

 沢にたどり着き、ボウの口を湿らして、ゴロゴロとした足場の沢をゆっくり歩く。陽も傾き、辺りは涼しく、ボウの身体は徐々に冷やされ、今しばらくの間に寒気に変わることだろう。

 だれも心配は口にださず、静かに歩き続ける。

 「おお、これはっ」
 静けさの中に、押し殺した驚きの声。
 先頭を歩いていた唐一朗と慎太郎が、何かに驚いている。すばやく身を屈めて岩の陰へと身を隠す。

 それに驚き旅僧たちも、すばやく唐一朗たちの後ろに身を屈める。
 「どうしました」
 旅僧が小声で聞くその後ろに鬼が身を屈めて近づいてくる。

 「あれを・・・」
 慎太郎が身体を横へとずらして旅僧を招き入れる。
 「どれどれ・・・。」
 旅僧は身体をずらしてゆく、
 近づく旅僧に
 「静かに」
 唐一朗が唇に人差し指をあて、その指を岩の向こうを見ろと、動きで表現する。

 「う・・し、牛か、・・何かいます」
 「牛・・・。」 
 旅僧が不思議そうに頭をかしげ、岩の上へと頭をずらしてゆく。
 ボウも、不審な動きに目を覚まし、鬼の背中から、『・・なんだ・・』すっきりしない頭で異様な空気を読み、意識をはっきりさせる。

 旅僧を後ろから観察するボウの目に、岩から頭を出した旅僧が、
 『 ビクッ 』
 何かに反応して驚いている。
 驚いた背中は、静かに何かを見続けていた。

 無くなった体力で、静まっていた好奇心は、病を押し退け頭を出してくる。

 「鬼さん鬼さん」
 ボウは鬼の肩をたたき、指を使い、立ち上がることを促す。
 鬼は旅僧の横でゆっくりと立ち上がり始める。そして、旅僧の左横に頭を出す。
 旅僧と鬼の並んだ頭の間に、鬼の背中に結わえられたボウが、もがいて頭を出してくる。

 「・・なに・・」
 得体の知れないものが視野に入り、微かに驚きの声をだす。
 「ふせろ」
 旅僧がボウの頭をおさえこみ、すばやく身を屈める。

 身を屈めた鬼とボウは、しばらく静かに固まっていたが、ボウは我慢できずに旅僧へと話しかける。
 
 「旅僧さんあれは何ですか、鹿ですか」
 「シッ」
 旅僧がボウの口を押さえて『しずかにしろ』と注意する。
 「何ですか・・どうしました」
 唯一、それ を見ていない弟子が興味のままにゆっくりと身を起こしそれを見た。

 「・・・」見つめるだけ見つめて、
 弟子はゆっくりと身を屈める。
 「あれは何でしょうか・・。」


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35  修めるものは知性 出会いは知性で

35 治めるものに知性。出会いに新たな知性。


                                   by 聖 ★章弘(akimitsu)


 旅僧が辺りを見回すと、人の手が入っているのだろうか。
 すこし痩せた感じのする木々があるが、下草が刈り取られている。木々の間隔も一定に並んだいるように見て取れる。

 「植林するにしても、もう少しまともな場所があるだろうに。こんな岩場を選ばなくても」
 不思議に思いつつ、土地は唐一朗の家のものだろうとは察しがついた。
 財のある商人のする事、坊主が寒い中座禅を組んだりする事を、商人が理解しがたいように、商売の事を坊主は理解できない。
 「まだまだ、儂も学ぶ事がありそうだ」

 旅僧が一人つぶやくと、後ろから弟子が、
 「どうかなされましたか」とたずねてくる。
 「いやいや」
 旅僧は首をふり
 「独り言だ」一人ほくそ笑み、前を向いたまま応える。

 その横へと 鬼の脇から下ろされた小鬼が、つかつかと近づいてくる。
「ねぇ旅僧さん」
 声の主を見下ろすと、手も膝も顔も泥で汚れたボウが、土気色の顔で見上げて聞いてくる。

 「この山は人の手が入っているけど大丈夫かい」
 ボウの疑問の声に、慎太郎は振り向きもせず、
 「心配ない」と、こたえる。
 「この山は唐一朗の父上の山、山の手入れが終わったのはつい最近。今は田植えなどが忙しく、夏の盛りも過ぎるころにならぬと誰も人は来ぬ」

 「うむ・・」
 旅僧は頷き、
 「この山の地は岩のようだが・・・育ちにくく何か収穫があるとも思えませんが・・・なぜ手入れを・・。」
 慎太郎は脚を止めて振り向き、

 「よく解りませんが、荒れ放題だとなおの事、育ちが悪いので手入れをしているのでは・・・金持ちの考える事・・・商売人の考えは・・・。」

 慎太郎は進むべき方角に顔を向けながら、
 「もうすぐ、今しばらく歩けば・・急ぎましょう」
 旅僧の意見を聞く前に歩みを進める。

 旅僧は皆の顔を見回して歩き始める。
 ボウは自分の意見が一言で終わらされたのが気に入らないのか、沈んだ顔で前をみつめ、鬼は追っ手を気にして後ろを振り返る。
 弟子は木々と刈り取られている下草を見回し、静かに考え込んでいる。
 
 それぞれ育ちの違いか、立場の違いか・・。
 同じものを見ていても、見えるものと気になるものは、人それぞれのようだ。



 テクテクとしばらく歩いて、たどり着いた場所は、
 「すごいなー・・。奥深い穴だな・・・慎太郎さん・・これは誰かか掘ったのかい、それとも自然にこうなったのかい・・・。何処までつづいているのかなー」

 それは山肌にあいた横穴だった。
 ボウは慎太郎の横に立ち穴を見つめている。
 穴はウナギの寝床のように奥へと続き、入り口から見える範囲は、ちょっとした鳥居ならすっぽり入るほどの大きさがあった。
 「ここで待てば唐一朗もじきに来ますでしょう」
 慎太郎は子どもの質問には答えず。
 「この中で待っていましょう」と、穴の奥に進んでゆく。
 
 たとえ相手にされていなくても、気にもしていないのかキラキラと瞳を輝かせて、慎太郎の横をついて歩く。
 数歩行くと、スクッと脚をとめ、
 「ねぇ、ここはよくないんじゃないかい」
 慎太郎を見上げて、「ねえ」と、眉間に皺を寄せている。
 小鬼の意見に、慎太郎は
 「大丈夫だ」と、うるさそうに一言。

 慎太郎は、
 「さあ、ゆきましょう」と、旅僧たちに顔を向け言葉をかける。
 先に歩き始める慎太郎に、
 「まあまあ」と弟子が声をかけ、
 
 「この童子はただの汚れではない、なかなか世間にもまれて生きてきた童子です。聴いてみましょう」

 この2日間の間で、歳若い弟子にもボウの知恵がわかってきていた。
 今では自分よりも世間に揉まれて生きてきている事を認め、学ぼうと思えばあぜ道からでも学べるものだと感じはじめていた。

 「なぜだボウ」
 旅僧が訪ねる。
 ボウは鼻をすすりながら、
 「・・追っ手が来たらどうするのさ」
 「大丈夫だ」
 慎太郎がうるさそうに応える。
 「もし来たらどうするのさ。こんなに大きな穴だから追っても気になるさ・・・自分が追っ手だと調べるだろう」
 ズルズルと、鼻をすすりながら、
 「もしかしたら、こちらに来るかもしれないから、唐一朗さんは別の道を行ったんだろう・・足跡でも付けにいったんでしょう」
 ズルズル、鼻をすすり鼻声でしゃべる。

  「うむ・・・なるほど」
 慎太郎は胸でうでぐみし、
 「それもそうだな・・・すまない。私の考えが浅かった・・・用心するべき事だった」
 実際の性根は素直な青年は、『うむうむ』と一人納得する。
 「唐一朗をまって、それからしばらく歩きましょう・・はぐれると厄介ですし」              



              15


 どれ程寝ていたのだろうか。
 唐一朗と旅僧の話し声で目が覚める。
 目が覚めて、辺りを伺うと、そこは鬼の背中だった。ゆっくりと頭をめぐらし見回すと、鬼がなにやら話しかけてくる。

 「やあ・・・鬼さん・・オイラいつの間にか寝てしまったんだ・・・。」
 ボウが鬼の背中でそこまで言うと、言葉をかぶせるように鬼が何かを言ってくる。ボウはそれを一通り聞くと、
 「頭が重たいや・・・オイラ・・風邪をひいたのかな・・・。」

 ボウはそこまで言うと、ぐったりと鬼の背中に頭をふせた。
 鬼は肩越しに何かをいってくる。

 「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
 こもったような声が小さく聞こえてくる。
 ボウは ウンウン と頷き、
 「ダイジョウブさ・・・」と、力なく応える。
 ボウは静かに、頭をふせて目を閉じた。




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34  モノノケか・・鬼か・・・そうか・・・。

34 物の怪か・・鬼か・・そうか


by 聖 ★章弘(akimitsu)


 宮田の疲れた身体は、その色を見せずにしっかりとした足取りで獣道をあゆみゆく。  源は半信半疑のまま首を傾げつつ歩く。
 好奇心のなすがまま歩く若者は、頼る刀に挟まれてオドオドとあるいてゆく。
 
 最後に構える田島は、目を左右に、耳も左右に、花は異様な匂いがないか、舌は腹に空気を、皮膚は風の流れと音の響きを、普段鍛えている五感を練って六感をつくり、死角からの不意打ちにも万全の気をはる。

  
 必死に走ること間もなく、旅僧たちに追いついた。

 靄の中、近づく足音で気配は感じていた旅僧たち。

 般若の目から見た旅僧は『どうした』と怪訝な顔で般若の目を見、若い侍は飛び上がるようにあとずさり、身を屈めて刀を抜きにかかる。
 金持ちの次男坊は、一応の驚きの後『これは珍しい』と、童子が面をかぶっていると気付いていた。

 ボウは、ハアハアと、息を切らして旅僧の前にくると、
 「みつかった」と、一言つぶやいた。
 旅僧と小さな般若は、怪しげな術で魔物を操る怪僧と妖怪の図にみえる。

 その景色に驚き、錯乱する思考を落ち着かせ、
 「童子か・・・」
 若い侍がつぶやき、その手を刀からはなし身の緊張をとく。

 見えない白い世界からは、新たな荒い息使いと影が近づいてくる。それに驚き再び腰を落として身構える若侍。
 
 近づいてくるのは、弟子と鬼。
 「あっ」「おっ」
 若者達の驚きの声が聞こえると同時に、二人は身体をより緊張させている。
 
 慎太郎と唐一朗の目には、靄の中を異様に背の高いものが駆けて来るのが見て取れた。慎太郎にしてみればこの世に生まれて初めて。唐一朗にしても、薄汚れた僧侶の袈裟を肩からかけている異人は初めてだった。

 「おー・・鬼か・・・。」
 「こ・・・これはでかい」
 若者二人の口から驚きの言葉がこぼれだしてくる。
 「いや、いやなんと・・・・」
 「着ているものは・・袈裟か・・」
 鬼の正体の察しがついても、この状況の中では本当に「鬼」に見えていた。
 鬼の前を走りくる若い弟子の姿が、ボウの叫んでいた『見つかった』の言葉と重なり、鬼に追われて走り逃げる者の姿に見えていた。

 「乱れるなよ」
 旅僧が空気を読み、辺りへ静かに言葉を貼り付ける。
 僧の発する言葉と態度に、構え落としていた腰を上げ、目の前に息を切らして走りよる若者と鬼を、いま一つ不安な気持ちで見つめていた。

 ハアハアと荒い息遣いが慎太郎と唐一朗の耳へと流れ込んでくる。
 鬼が勢い弱めて近づいてくると、若者二人は鬼と目を合わせてしまう。鬼の背の高さと、目が合ってしまった緊張感で、唐一朗は後ずさり、慎太郎は再び腰の刀へ静かに手を添えた。

 その姿を察した旅僧がすばやく、
 「紹介しよう。この若者は私の弟子、そして慎太郎殿と唐一朗殿が構えて見ている相手が」
 旅僧は鬼のほうをむき、自分の目の高さの上にある肩を軽くたたき、
 
 「オニだ」
 若者二人に紹介した。

 唐一朗は警戒の態度をすぐに解いたが、慎太郎は堂々とした態度で胸をはりつつも、右手は鞘へと伸びたままだった。

 唐一朗が先に笑顔をつくり、
 「始めまして私は唐一朗・・・・」
 と、挨拶をはじめた。
 「で、私が慎太郎・・・」
 慎太郎が警戒した面持ちで挨拶を終えると、今度は弟子が『ゴホン』と咳払いして、

 「私は弟子としてこの旅を・・・いやっ」と、そこまで挨拶をして、今ある我が身の状態を思い出し
 「すみませぬがそれどころでは・・挨拶は後ほど・・」
 弟子は言い終わると、旅僧のほうへと向き直り、 
 「追っ手です・・急ぎましょう」
 皆が我に返る。
 
 走りよる般若と鬼。
 それを見た緊張感。 

 それらを読み取り、まず落ち着きを取り計らう旅僧。

 瞬間の緊張から開放されて、新たな緊張をまとい、
 「では、急ぎましょう」
 慎太郎がちから有る声で、
 「あちらです」
 進むべき方角を指差す。

 「私が先にゆきましょう」
 唐一朗と慎太郎が頷きあい、二人で進むべき方角へと踵をかえして脚を踏み出した。と、その先には般若の面を被ったボウが立っている。

 「うわっ」
 すっかり忘れていたのか、驚きの声と共に二人は後ろへと飛び下がっていた。慎太郎などはすでに刀を半分抜いている。

 ボウもさすがに驚いた様子で、ビクリとすると般若の面をすかさず頭の上へとずらし、慎太郎の刀へ視線をむけて固まった。

 「わっはっはっはっはっ。今日は異世界をたくさん見れる好い日だろう」
 歩き出した旅僧が楽しそうに声をかける。
 唐一朗は『たしかに』と苦笑いをして応え、慎太郎は真剣な顔したまま、
 「急ぎましょう」と、平静を装い歩き出す。


 「こちらです」

 慎太郎が立ち止まり、獣道から藪へと走りこむ。それにつづけて、
 「ここからは道らしき道がありませぬ。が、足跡も見つかりにくく、その方がよろしいかと・・・慎太郎の道案内どおりに行けば、上手い具合にゆくと思います」
 唐一朗は旅僧から慎太郎へと目を移し、一度頷くと目を旅僧たちに戻した。

 「私は少し先まで足跡をつけてきます」
 唐一朗は 『では、後ほど』 と、一礼すると、旅僧たちと別れて獣道を小走りに走ってゆく。
 足元は岩場が多くなり、足跡はつき難く変わってゆく、用心のためにと脚にチカラをいれ、少しでも足跡が残るようにと、地を踏みしめ進んでゆく。

 唐一朗の背中を見つめていた旅僧は、藪へと視線を移し飛び込んでゆく。それに弟子がつづき、その後を鬼が小鬼を抱いて飛び込み歩く。

 藪の途切れたところまで来ると、慎太郎が歩きながらふりかえり、
 「ここからは岩場、藪とは違う歩き難さがありますが、今しばらく辛抱を」
 道は一変し、岩肌が剥き出しに変わり、辺りの靄もはれてきている。





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33 出たぞ シカリと出た

33 出たぞ 然りとでた



                               by 聖 ★章弘(akimitsu)


 「あっ」腰が抜けそうになった。

 白くぼんやりとした靄のなか、小さな物の怪が目に飛び込んでくる。
 目は静かに開き、口は耳までニヤリと開き、唇あかく。
 白い顔が白い靄のなか、静かに浮かんでいる。

 驚きと同時に眼が離せずにいると、その姿をしっかりと確認できてくる。
 小さな身体と白く不気味な顔、手には鎌をもち振りかざしている。
 「斬られる」
 杉が小さな声で震える唇から言葉をだすと、その声が聞こえたのか、武がビクリと身体を痙攣させ、次の瞬間、踵をかえし一目散に走り出す。

 武が杉の横を走りぬけるとき、
 「うっ、でたぞ」
 武が擦れた声で杉に声をかける。
 その一言と武の勢いのある走りに、杉も我を忘れて踵をかえして走り始める。
 
 「うわー」
 ふるえる声をだしてドタバタとはしると、宮田たちの姿が見えてくる。
 武と杉はすかさず宮田の後ろに身をかくし、
 「でたでたっ」
 白い世界を指差しガタガタとふるえる。

 宮田と田島が身体に緊張を走らせる。
 源は驚きの顔で
 「何が出たがぁ」
 宮田たちの背中に隠れる二人に声をかけ近づこうとする。が、源は宮田たちの、今にも刀を抜きそうな構えに立ち止まった。
 
 「なにがでたっ」
 宮田が腰の刀を今にも抜きそうな勢いで、目の前の白い世界を睨みつけている。
 
 「でたがぁ・・でたでた」
 武と杉の口からは、震えた言葉が繰り返されるばかりだった。

 「なにがでたっ。でたでたじゃ解らんぞっ、月でも出るぞ」
 田島が宮田の構えを確認し、自分は刀から手をはなして若者二人に向きなおして問いただす。

 「深呼吸しろっ」
 二人はゆっくりと深呼吸する。
 宮田は目の前にボーと立つ源へ、
 「源よどけっ、一緒に切り捨てるぞ」

 源は慌てて横に動き、宮田が睨みつける白い世界に視線をむけてみた。今のところは何の気配も感じない。
 「どうした。さぁなにを見た」
 田島が怯える二人へゆっくりとした口調で聞いてくる。二人を落ち着かせるためにも
 「心配するな、儂らがついている。・・腕の覚えは確かだ・・大丈夫だ」

 静かに語る言葉に対しても、武は震えて隠れてしまい、杉はきょろきょろと眼を走らせて怯えている。
 「うん・・・」
 頷きはするがそれっきり黙りこんでしまう。
 「杉よ・・・何をみた何があった」
 今度は頷くとすぐに返事を返してきた。

「物の怪だ・・でたでた・・化け物がでたがぁ・・口が裂けているがぁ」
 震える言葉が、杉の口からこぼれてくる。
 宮田は白い世界の奥を見つめ、
 「構えるぞ」刀の先を白い闇へと向ける。

 田島も用心のため身を捻り、左腕を鞘に添えて、右手で鍔元を握る。
 緊張する四人の横で、
 「わっははは」
 源だけが笑いだす。

 「だから云うたがぁー・・小便もらすがぁって」
 からかう源へと、厳しい視線が宮田と田島から向けられる。それに気を悪くした源が、睨む二人に「おおっ」と、言葉を投げつける。
 「お侍がた何を怒っとるがぁ・・・なにか木の影でも見たがぁ、中には竜にも見えるし
、観音様にも見えたりする木もあるがぁ」

 宮田は前を見据えたままピクリともせず、田島が顔をむけ、
 「儂らも見た・・この青臭い若者が見たようなものを見た。遠めだがみた」
 田島の真剣な顔に、
 「・・そんなこと・・・」
 源は笑いもおさまり言葉が続かなかった。田島は杉に目をやり、
 「顔の白い・・元気な婆かっ」と、問う。
 「あ・・ああ・・そ・・そんな感じだがぁ・・・と思うがぁ」
 自信無げだが、震えた返事が返ってくる。

 「うむ」
 田島がそれだけ返事をすると、
 「田島殿」
 宮田がしっかりと腰を落としたまま聞いてくる。
 「慎重にゆくべきか・・・一気呵成にゆくか・・どうされます」
 「う・・・」
 田島は考え込む。

 田島の性根は慎重だ。それに対して宮田は我がつよい。
 「一気にゆきますか」
 宮田がもどかしそうに、いま一度たずねる。
 「・・・いや・・」
 田島は一言返事を返すと、今一度白い世界の奥を見つめて思案する。
 その間、静かに光る剣先を、白い世界の奥に向けて宮田が答えを待つ。
 
 「・・・山で暮らすものが・・」
 田島がしゃべり始める。
 「山で何かをみた・・・百姓どもがナニカを見たのなら・・山伏か・・・・旅の浪人か・・・ありえるが・・山に暮らす者・・。一人は若いとはいえ猟師」

 田島が言葉を閉じて一呼吸。
 「そう、その辺りの者を見間違うことも少ないはず。しかも、我らもあの時に岩の上にナニカをみた・・・ここは慎重にゆきましょう」

 もどかしく思えるほどの言葉の選び方で決断をだす田島。宮田は静かに「うむ」と頷き、
 「では、不意をつかれた時のために、刀を抜いたまま私が先に行きましょう」
 田島は宮田の言葉に続けて、
 「ならば私が一番後ろを」

 宮田を先頭に、源、杉、武、そして田島と一列になり歩き出す。
 先頭をゆく宮田は、右手の刀を軽く小指で絞り、刃先を斜めした膝前にむけ、向かい繰るものあれば、すかさず振り上げ。右から来れば右に、左から来れば左に、どう来られても下から振り上げ、仕留め損ねても反す刀で斬って落とす自信の場所に、得意に構えた。




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32 異界の者 この世の者 お互いのもつ恐怖

32 異界の者 この世の者 お互いの恐怖



                                 by 聖 ★章弘(akimitsu)
 


 純粋な子どもでもなく、経験豊かな大人でもなく
 修行僧は溶け込んでゆく異界の者の姿と隣に立ち尽くす鬼に、何処からか、湧き上がってくる恐怖を感じていた。

 好奇心だけにもなれず、知性だけで支配もできず、揺れ動く意志は一人動揺を隠してたたずむ。


 白い世界を般若が歩いてゆく。

 まさに山の中霧の中。 
 急に出くわすと普通の肝では腰を抜かし、そのときの出来事はこの山の伝説となり語り告がれることと成る。

 それを知ってか知らないでか、今、自分も森羅万象の大自然に溶け込み、異界のなかを歩いてゆけた。
 「鬼さんはすごいや、あんな言葉もしゃべれるんだ。オイラが教えたわけじゃないから・・・自分で覚えたんだな・・・。
 オイラも早く鬼さんの言葉を覚えなきゃいけないや」

 今の目的も忘れてテクテクと、腰に差していた鎌を手にしてフリフリ歩いてゆくと、
 「いっ」
 息をのんで驚く声が聞こえてくる。
 「ん・・なに」と、顔を上げて正面を見た瞬間、
 「あっ・・ひとだ」

  靄の陰 木の影 それから浮き出て人の姿が見える。
 ボウは慌てて立ち止まり、どうしたものか考える。振り回していた遊んでいた鎌は頭の上でピタリととまり、次の動作もどうしたものか、その場に立ち尽くし固まってしまう。

 「ひぃぃぃっ」
 もう一度小さな息をのむ悲鳴が聞こえる。
 それと同時にして、見えていた姿は後ずさり、辺りは朝靄と木々の陰だけになった。そして、靄の中にもう一つの影。
 「ウッでたっ」の叫び声。
 白い異界に鎌を振り上げ、口の裂けた白い『ものの気』が立っている。驚かずにいる事が無理と云うものだ。

 もちろん異界の者も驚いた。

 「いけないっ」
 見つかったと踵をかえし一目散に走り始める。
 鬼と弟子のところに早く戻ろうと走り始めたが、なかなか追いつけない。道を間違えたのかと思い始めたとき、聞こえてくるボウの足音に振り返り立ち止まる鬼と弟子の姿が見えた。

 靄の中、浮き上がる般若の顔と振り回している鎌。
 鬼と弟子は驚き、たたらを踏んでよろけていた。

 ボウだと気付くと
 「お・・おどすな」
 弟子は尻餅をつきかけ、上りになっている獣道に片手を着いて身体を支えている。
 鬼は後ずさり、腰を低く構えて驚き慌てる風を見せる。 深い彫の目元も陰にして、安堵の息をついていた。

 般若は走りよりながら、
 「たいへんだっ誰かいたっ」
 押し殺した般若の声が聞こえてくる。

 ボウは手にしている鎌を腰にさし、鬼と弟子の横を走り過ぎる時に、二人を掴み山道を引っ張り走った。ボウの小さな右手は弟子の袖口を掴み、左手は鬼の大きな指を掴んでいた。

 「こっこれ、ボウ、慌てるな」
 よろけながら弟子が叫ぶ。
 「お弟子さん何をしてるんだい、追ってが来ているよ。急がなきゃ駄目じゃないか」

 ボウは転んでしまっている弟子から鬼へと眼を移すと、
 「あらら、鬼さんも転んでる」
 足元を狂わせ地に尻餅をついた瞬間だった。

 「追っ手だよ追っ手。転んでいる場合じゃないよ」
 自分が転ばしたことは棚に上げ、般若の面を頭へとずらして、
 「いそがなきゃ」と云うと、
 一人走り始め、再び般若の面で顔を覆う。

 「追っ手・・・」弟子は慌てて立ち上がり、
 「いそげ」 鬼に向かい声をかける。

 鬼も察して立ち上がり、般若が走り来たほうを一度見て、振り向き般若を追って走りはじめた。

 先を必死に走るボウを右脇から弟子が追い抜いてゆく。左脇を大きな鬼が弟子より長い歩幅で抜いてゆく。
 弟子と鬼に追い越されると、最後尾になった事が急に怖くなる。
 「まっておくれよ」
 声をかけながら般若をずらす。その一瞬の視界のとぎれの間に、般若は先を行く二人に呪いをかける。
 弟子と鬼は朝露に濡れた地面に、脚を滑らせ転んでいた。

 般若からボウへと戻った童子は、二人を追い抜きふり返り、再び般若へと変貌する。

 「何をしているのさ、そこまで来ているのだからいそがないといけないよ」
 転んでいる弟子と鬼に、元気の塊が小言を云って先へと走り出す。


 
 
 武は一人先に歩を進める。
 「おいっ、そんなに急ぐと鬼に喰われるがぁ、小便漏らすと格好が悪いがぁ」
 「でくわしたら、蹴飛ばすがぁー。源さんは歳で疲れてるがぁー」

 勢い。先に歩く武に源が冷やかしを入れるが、武は鬼の正体を見てみたいと好奇心で心躍らせ先へと歩く。
 「強い侍様が二人も居るがぁ、心配いらんがぁー」
 大手を振って武が歩く。
 その姿が靄の中へときえると、もう一つの好奇心が落ち着きをなくしてくる。
 「オラも先に行くがぁ」
 靄の中へと消えた好奇心を追い、駆け出す好奇心。

 杉が靄の中小走りに武を追いかけていると、
 「ひっ」
 武の声が聞こえてくる。
 「ん・・・なんだ」
 『不審』 と杉が脚を緩めて靄の中を睨むと、武の背中が見えてくる。
 その背中は立ち止まっていた。
  
 「どうした」
 杉も脚を止めて見つめていると、武がゆっくりと後ずさり来る。もう一度小さな声で、
 「どうしたがぁ」と、声かけ近づくと、
 背中の向こうに、武とは別の影ひとつ、

 杉はゆっくりと武の背中に近づき、その向こうに見える影を確かめようとする。
 


       
                            

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