小説★月の道

18 笑顔は不安をけす

 18 笑顔は不安を消す

by 聖 ★章弘(akimitsu)


 ボウは何かに気づいたのか嬉しそうに顔を上げて旅僧を覗き込む。

 「旅僧さんは鬼と旅してら、・・あとは・・イナイなぁー。旅僧さんは旅をしていて豪傑を見たことがあるかい。たくさんの世界を見てきたのでしょ・・・オイラは村から出たのははじめてだし・・・。」

 「うむ・・・」
 旅僧は鼻から息をこぼして返事をすると 顎をさすりながら歩き始める。
 「この童子の云うとおりかもしれん・・うむ・・名のある殿様たちなら知っているが・・豪傑な者は・・・。いるにはいるが・・・。このまま歩きつづけるか」と 結論をだす。

 旅僧は 単純で明快な答えが見えてくる。
 『豪胆 豪傑は華のお江戸か、どこかの日陰に隠れているか・・こんな山奥には追われる大阪方か・・・日陰にいたいはず・・ならば・・悩むだけ無駄・・』

 旅僧はぶつぶつと考えをまとめてしまい
 「よし このまま歩こう」
 そう 声をかけようと振り返ると 弟子が不安そうに見つめているだけで
ボウは鬼に肩車をされて何か一生懸命言葉を交わしていた。
 鬼は肩の上のボウを上目遣いで見上げ、ボウはその鬼を見下ろし きゃっきゃっと騒いで言葉を交わす。

 今まで真剣に考え込んでいたのが馬鹿らしく思えるほど 鬼とボウは今を楽しそうに過ごしていた。

 旅僧は苦笑いをして
 「悩むのが馬鹿みたいだ・・。おい弟子よ」
 旅僧は鬼とボウをみつめて

 「鬼とボウの奴は笑顔で話をしているが 言葉は通じているのか・・」
 弟子は首をかしげて しばしかんがえこみ
 「ふふっ」と 笑顔をこぼす。
 「はしゃいでいるだけでしょう。私も言葉は必要と思い 鬼と言葉を交わそうとしましたが・・意思の疎通までは・・。」

 そう云うと しばらく鬼とボウを見つめて
 「考えている間も歩きましょう」
 何かが吹っ切れたように旅僧に提案する。
 旅僧も「そうだな」と納得し 踵をかえして歩き始めた。

 「鬼よ ボウよ 歩きますよ」
 弟子がはしゃぐ鬼とボウに言葉をかけて歩き始める。

 「弟子よ」旅僧が前を向いたまま話しかけてくる。
 「何でしょう」弟子が側により 返事をする。
 「幼い童子が先に言葉を覚えそうだな」
 前を向いたままの師の言葉に
 「・・・はい・・・。しかし 私も覚えますよ」

 不安が消えたのか 自信に満ちた言葉が返ってきた。弟子は顔を鬼とボウへと向けてみる。
 立ち止まり見つめる弟子の前を 肩車されたボウがきゃっきゃっと騒ぎ通り過ぎる。
 何気に聞くボウの言葉からは意味不明の言葉が発せられていた。ボウの口から言葉の流れが止まると 満面笑顔の鬼の口から
 
 「チガウ チガウ」と 聞きなれた言葉が 聞きなれない訛りと共にこぼれてきた。

 その言葉に驚いていると 旅僧を呼ぶボウの賑やかな言葉が聞こえてくる。
 「おおおっ 旅僧さん今気づきました。鬼さんの頭には角がない・・・です。・・見えないだけかと思っていたのに・・・ナイっ」

 ボウは鬼のもじゃもじゃとした髪の毛を掻き分けながら
 「・・・鹿と同じで古いのは抜け落ちているのかな・・新しいのが生えてくるんだ・・・。」

 鬼は笑顔で何かをしゃべり ボウも笑顔で言葉をこぼす。通じているのかいないのか。楽しげな『会話』は はしゃいだ笑顔で通じているようだった。
 「うむ。『こころの薬は笑み』とは よく言ったものだ」
 旅僧はつぶやき笑みをこぼしていた。



 
              11



 「おおっ 見えますぞ」田島が叫ぶ
 「宮田殿 家が見えますぞ・・おお・・犬の奴らもわしらに気づいて吠えている。そろそろ家の者も不審と思い出て来ますぞ・・やや 出てきましたぞ」

 木々と藪の隙間から人影が見え隠れする。
 犬が吠える山に不審の注意を向けている様子だった。
 
 「誰かいるのかっ」
 まだ 二十歳そこそこに思える男の声が宮田と田島の側まで響いてきた。
 「おー、ここだここだ。すまぬがどうやればそちらに行けるか・・教えていただきたい・・道らしきものが見当たらん・・・ナントカここまで尾根から降りてきたが・・どうしたらいい・・・。」

 小太りの身体をいっぱいに伸ばして田島が叫んでいる。田島の叫びから少しの間があり
 「・・・オラン家に来たいのか・・・。」

 若者の言葉が返ってきた。若者はつづけて、
 「そのやぶを無理に突っ切るしかないぞぉー・・それか・・ずうーと迂回して・・かなり遠回りするしか道はないぞぉー」

 後戻るにも 道なき道を滑る様に・・いや、落ちるように来た二人は 藪を倒し 足元を確認しつつゆっくりと時間をかけて進んでいった。

 「足元は気ぃつけるがぁでー・・犬は納屋にとじこめるがぁー・・心配せずに降りてこぉい」
 
 集落の若者は木々に囲まれた薄暗い藪の中を眼を凝らして見つめていた。
 「おや・・・おめぇたち・・侍かぁー」
 若者はメズラシイ者を見たとばかりに
 「おーいっ来てみろっ 山からお侍が下りてきたがぁー。早くこぉーい」
 その言葉を聞いて 『なんだぁー』 と小さな子どもから年寄りまでが出てきた。

 「おおっ めずらしい これはお侍だぁー こんな処に珍しい・・また戦がはじまったがぁー」
 年寄りの女が曲がった腰を伸ばして藪に言葉を投げる。十人ほどの人が集まり 藪こぎする武士を珍しそうに覗き込んでいた。

 宮田と田島が 不器用な藪漕ぎの姿を見られて少し照れながら やっとの事で抜け出してくると
 「お侍が山奥に何しに来ましたがぁー・・また戦がぁー」
 宮田が身なりを整えながら
 「いやいや・・そうではない」

 ことを簡単に説明しだす。

 「ほー」信じているのか、自分達が馬鹿にされていると思っているのか 失笑交じりで感心されていた。

 「ほー・・鬼ですか」
 大した驚きは見せずに返事は返してくる。
 「で・・鬼がいるから手を貸せと・・」
 最初に藪の中へと声をかけた若者が 驚きも見せずに応えてくる。

 「しかし・・ここいらの者は炭を焼くぐらいの者がほとんどだ。・・手助けならもう少し先に・・この谷間を少し行けば猟師の集落があるがぁ・・・そこいらの者なら肝も据わった者も多いから助っ人にもなるがぁー・・山にも詳しいがぁー」



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17 大丈夫か・・・おまえは賢い

17   だいじょうぶか・・お前は賢い                            
                                  by 聖 ★章弘(akimitsu)


  岩の上からヤマンバが飛び降りたとき すでに村人達は背中しか見せていない。宮田と田島が慌てて統率を試みても遅かった。
 刀を振り上げ嚇してみても火に油をそそぐだけ 村人達は尚更恐れ上がり その場から逃げていった。
 「待てと云うのに こらっ 云うことを聴かぬか」

 宮田が刀を振り上げ追えば追うほど逃げてゆく。
 「宮田どの 宮田どの もうよろしいでしょう。恐れてなおの事逃げてゆきます」
 田島が慌てて宮田をとめる。
 「臆病どもはほっといて先を急ぎましょう。山を下ってゆけば猟師たちの集落。 その者たちに協力させましょう・・なに 百姓たちより肝は据わっとりましょう」

 田島の言葉に 自分が少々取り乱していることに気づき 
 「うむ・・すまない・・。少々焦りすぎたようだ」

 宮田は気まずそうに 振り上げている刀をゆっくりと下ろした。
 その動きを確認して
 「それでは参りましょう」
 田島が先に歩き出す。

 歩く獣道には所々 湿った土が鬼の大きな足を浮かびあがらせている。
 「宮田殿。鬼どもはこの山を歩いたのは間違いあるまい。梅雨の合間の五月晴れ また雨が降り始めると足跡も流れてしまう」

 田島が足元を眺めてあるき 所々に見えている足跡を 眼で追い追い歩いてゆく。雨を気にして風と空に意識を向けてみるが 雨を呼ぶ風も景色も見当たらなかった。
 「雨はだいじょうぶ」
 そう 云って間もないとき 足元は岩場へと変化していった。

 道として一本道ならいいが 険しいな山肌に岩が露出し 進むことの出来る道筋は右に左にと 幾筋と分かれている。
 
 先をゆく田島も脚を止め 後ろで伺う宮田も立ち止まり
 「これでは鬼どもが・・いずこへ向かったか解りませんな・・ホントウに谷へと向かっているのか・・」
 宮田が田島の背中に投げかける。
 背中で受け取った田島は
 「うーん。・・しかしどちらにしろ不慣れな山道。谷間の猟師たちの手助けがないと・・我々には見当がつけにくい・・。」

 田島の言葉に 宮田が「うむ」と背中に向かい答える。
 「足跡は気にせず 手助けを求めるのを先にしましょう」
 「うむ」と 田島がうなづく
 それを最後の言葉に 二人は黙々と集落へと続くであろう 道なき道へと歩を進めていった。



       
              10


「思ったより歩きやすいな」
 旅僧がポツリと言葉をこぼし 森の中を進んでゆく。

 皆は藪漕ぎを想像していたが あたり一面かなりの広さで人の手が入っているようだ。
 「これは栗の木だ」
 ボウが辺りを見回し
 「これだけの栗の木があれば秋にはタラフク食えるぞ」

 きょろきょろと辺りを見回す顔は 秋の収穫をその眼ですでに見ているようだ。ボウは落ちている枝を拾い 右手で振り回しながら歩いてゆく、その間も口が休むことはなく。

 「鬼さんは海を見たことがあるんだろう。旅僧さんもお弟子さんも旅の途中に海を見たことがあるんでしょう。・・オイラもはやくみてみたいなぁー。オイラ船と云うものを見たいな。まだ一度も見たことがないから・・乗ってもみたいな・・。」
 子どもの口からは頭に浮かぶすべてが言葉として流れ出てきていた。

 ボウは誰にとなく言葉を投げていたが、そこにいる誰からも言葉が返されることもなく しゃべるにも疲れてきたのか 棒を振り振り静かに歩き始めた。

 しばらくの静かな歩きで栗の木は消え あたりは人の手が入っていない森へと姿を変えていった。
 藪が多く歩きにくい場所を想像していたが、辺りは木々が生い茂り 足元には光があまり届かないのか藪もなく歩きやすかった。

 旅僧は辺りを見回しながら
 「これはまずいかも知れないぞ」言葉をこぼす。

 「あの谷間の者達はこの辺りに詳しいだろう。栗の木も猟がないときの為のものだろう・・・。この辺りは追っ手が追いやすいかも知れんな」
 旅僧の不安の声に弟子も不安をこぼしてくる。
 「やはり・・山に入るほうが・・」
 旅僧の背中に問いかけてみる。弟子はなおも不安を言葉にだし、旅僧の背中の荷物を見つめて
 「これだけ見通しがきくと 追いつかれたときに隠れようがないのでは」
 旅僧も思案しているのか 背中を向けたまま『うむ』以外の言葉を返してこない。

 皆が脚をとめ、辺りの空気を不安に変えてゆく。

 鬼も旅僧の横顔を見つめ 次の言葉と不安の顔が消えるのをまっていた。
 その不安顔をあざ笑うかのように 気楽な声が聞こえてくる。
 「だいじょうぶさ」
 ボウが声をはる。

 旅僧と弟子も鬼も いっせいにボウへと顔を向ける。
 「ボウよ」
 旅僧が『なぜ』とたずねる。
 「なぜ大丈夫と云える。お前は賢い。その賢い考えを云ってみるがいい」
 賢い と誉められて嬉しいのか ニコリと笑みを見せ胸を張ってこたえる。
 
 「あたりまえさっ。何処の世に怖い鬼に出くわしたい者がいるのさ、豪傑のお侍と変わり者の坊主ぐらいなものさ。
 ・・・村の人たちは猟師か百姓か・・だろう・・。猪ならともかく鬼なんて相手にしたくないさ。鶏を盗むのは聞いているだろうけど 人を襲った話なんか聴いていないだろう・・だから早くどこかに消えてもらいたいだけさ。 退治するより追い払いたいのさ」

 「・・・うむ」旅僧もなるほどとうなづき
 「しかし、こうして鬼がいるくらいだ。変わり者の豪傑が近くの村にいても不思議はないだろう。いるかも知れぬぞ」

 「・・・・。」
 ボウはしばし考え込み。
 「・・・オイラの村にはいなかったな。・・寺に泊まる旅の人たちの中にはいたのかな・・。あっ・・いたいた。いたよっ 旅僧さん  一人変わり者がいた」




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16 ものの怪だ

16    ものの化だぁっ

                      by 聖 ★章弘(akimitsu)
 

 暗にかえりたいことを伝え 向かいの山を探すことを進める。その話に宮田は『うむ』と 傷をさすり考え込む。
 「私もそう考えておりますが・・・」
 田島が向かいの山を探すのに賛成する。
 宮田は今しばらく考え込み
 「うむ・・。細かいことは下の集落にたどり着いてから考えるとして・・村人達よ ご苦労だがいましばらく頼むぞ」

 
 宮田の言葉に村人達は落胆し 夜も歩かされるのを見越して
 「しっかり座って身体を休めよう」
 小声でつぶやきあい 各々気に入った場所に腰を下ろして行った。

 そんななか 一人の村人は腰も下ろさず尾根の開けた場所から何かを見つめている。
 「はて・・。」
 一人でつぶやき 山猿が何かを見つけたように身体を左右にゆすりながら
 「なんだ・・。はて・・。」
 一生懸命みいっている。
 
 「どうした」
 そんな村人の一人に小太りの田島が気づき声をかけた。田島は丸い身体を立ち上がらせ 痩せぎすの村人の側まで歩みより

 「なにを見ておる・・鬼でもいたか・・。」
 声をかける田島に見向きもせず
 「はて・・」と 言葉をこぼし  
 「あそこに」と指差す。
 開けた視界の緑のなか 大きな岩がそびえたっている。

 「・・おっ」
 指差したその先の大きな岩に 田島も何かを見つけ 驚きの声を短くだすと共に 腰を据わらせ刀に手をあて 反射的に身構えた
 
 「なんだ」
 あらためて驚きの声をだすと 刀から手を離し腰を戻して
 「あれはなんだ」
 口から無意識に こどばがこぼれてくる。

 「わしの目が おかしいのか・・・。」
 「・・いや そんな事ない・・」
 田島の口からこぼれる言葉に 村人も無意識に言葉を返す。



 見晴らしの良いところに立ち 何かを見つめている二人に気づいて
 「どうしました」
 宮田が立ち上がり近づいてくる。
 村人と田島は 何も答えず一点を見つめて指をさす
 宮田は指差すほうのそびえ立つ岩を見つめて
 「あの岩がなにか・・」眼を見開き しばし考え込む

 「・・・おや・・」何かに気づく
 「あれは・・・・」確信する

 村人達は三人の動きに興味を持って なにを見ているのかと近づいてる。
 皆が身体を左右に揺らしながら 遠くに見えるそびえ立つ岩を見つめて

 「あああっ」百姓の一人が驚きの声をだす。

 すると「あああっ」皆が つられるように驚きの声をだし始め

 「あれは・・ものの化がいるぞ」
 「狐が二本足でたっているぞ」
 「狐が人に化けているぞ」
 「ヤマンバだっ」
 村人達は肩寄せ合いあとずさる。
 
 「狐がばけているのか・・」
 宮田が言葉をこぼす
 「ああっ」
 最初に気づき 最後までその場に立ち 岩の一点を見つめていた痩せぎすの百姓が
 「くっ、口が耳まで裂けているぞ・・気味の悪い顔じゃ」
 叫び後ずさりはじめる。
 「山で人を喰らうヤマババじゃっ ・・鬼と一緒にいるのは・ヤマンバじゃ」

 この叫びと後ずさりで ことは混乱の頂点へとたっする。
 「おおっ そうじゃ でたぞ ものの化じゃ 物の怪じゃ 妖怪じゃ 山姥じゃ 鬼も出とるがぁ まだまだでるぞ」

 痩せぎすが ものの化と言い切ったことで はっきりとしなかった正体が決まってしまった。

 このときに 統率ははっきりと消えてしまい 村人達の士気は完璧なまでになくなり 恐怖を感じて従っていた刀へは まったく忠誠心が残らなかった。

 膝をつき頭を地面にこすりつけお題目を唱えるもの 『帰ろう帰ろう』と周りの者の袖を引っ張るもの 騒ぎが激しくなればなるほど新たに恐怖がわきあがってくる。

 「おおっ」
 一人が岩を指差し叫び始めた
 「こちらを見たぞ こちらを見つめている。ああっ岩を降りた・・こちらに来るぞ」

 この言葉が 村人の残りの元気を引きづり出してくる
 「こらっ おちつけ 落ち着け」
 宮田と田島の静止も すでに誰も聞いていない。聞かないどころか 静止しようとする 身振り手振りと声で 恐怖は一段と増してゆく。

 ときすでに 我が身の保身だけしか考えられなくなっていた。


  岩の上から辺りを見回している ものの化は しっかりと騒ぐ村人達に気づき凝視している。
 村人達から見える口の裂けたものの化は確かに岩の上にいた。

 実際に岩の上に立つ口の裂けたものを ものの化と思い込み そう見えて言葉で断定したものは それ以外には見えなかった。

 いま少しだけ落ち着いて考えてみれば お面をかぶった子どもに見えなくもないが 
 「鬼と一緒にいるのは ヤマンバじゃ」と 決まったものは変えようがなかった。

 そんななか 理性が残っている者が
 「落ち着けっ 眼がかん違いしているぞ・・落ち着かぬか」
 と 理性が何処そこへと消えたものに 何を説明したところで聞く耳がない

 普段の信頼関係も何もない 当然聞くものもいなかった。


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15 どうするか・・・・。

15 どうするか・・・。



by 聖 ★章弘(akimitsu)
            

  9


 鬼を追い ここまで歩いてくると普段鍛えた体力も気力も萎えてくる。
百姓たちにしてみれば尚のこと喉元過ぎ去ってしまった危機などに意欲など湧いて来るわけもない、

 「よし この尾根で休もう。休みながら進むべき方角と道筋を思案しやすい。あとにくる田島殿もすぐに追いつくだろう」
 右目の下から口元にある傷を摩りながら 武士はその場に腰を落ち着け 山狩りに連れ出された村人達に指示を出す

 「おい このまま谷間に見える集落までどれほどの時でゆける。・・・それと鬼はどの山へと向かい逃げたか考えろ」

 威張る武士の言葉を浴びて 付き人よろしく側にいる村人が 
 「・・へい・・。この下の集落までは暗くなる前にたどり着きますが・・・鬼の事までは・・・儂らにはさっぱりで・・鬼など追いかけるのは初めての事で・・・。」
 と 言葉を返してくる。

 それに対して 大将よろしくふんぞり返る武士は
 「そんなことは解っておる。儂も鬼ごっこはあるが・・・。だからお前達が鬼だったらどこに逃げるかを考えろ。田島殿たちが追いつくまでに 皆で考えていろ」
 「へい・・。」

 と こたえて渋々と仲間達のところへ戻ってゆく。村人達は武士から少し距離をとり
 「儂ら百姓にあんなこといっても・・」
 頭を寄せて ぼそぼそと 愚痴り始める。
 
 「お侍は威張って鬼退治だと云えばよいが・・・儂らはただの百姓だ・・。そんな 物の怪(もののけ)が何処に行くかなど・・わかりっこねぇ」
 一人が云えば
 「うんうん そのとおりだ。儂らに解りっこねぇー」
 頭を寄せてうなづきあう。
 「しかし 退治してももらわねえと 鶏に手を出すまではよいが 儂らを襲いだすと大変だ・・・山犬にも手をやくのに・・」
 その言葉で 『嫌なことを聴いた』と 寄せていた頭を皆がいっせいに引く。

「そうだな・・・とにかく考えてみよう・・。オラがおもうにこの下の集落は猟師たちだ。鬼も危険を感じてすぐに山に入るはずだぁ」
 「なにで危険を感じるだ」
 皆の頭が 再び近づき始める。
 「当たり前だ。犬っころどもがいっぱいいるぞ。一匹二匹ならいいが 熊にも向かってゆく気の強い犬ばかりだ。鬼も噛まれたくないさ きっと無視して向かいの山に入るにきまっている」  

 うんうんと皆がすなづく。
 「それなら お侍に向かいの山に入ったといえばよいのか」
 武士の世話をし 皆のまとめ役をしている男が きょろきょろと皆を見回し確認をとろうとする。 しかし 誰も何も返事をしようとしない

 しばしの沈黙の後
 「そっ・・そのほうが儂らもいい。盆地に逃げられると道らしき物もないから歩きにくい 向かいの山には獣道や猟師道がある。うまくすれば 儂ら役に立たない百姓より猟師どもと山に入るぞ
 「おおっそうだそうだ」
 皆が活気づき お互いに眼を合わせて頷きあっている。その頷きも終わると 村人達は頭を寄せ合い ひそひそと話し合う。

 向かいの山に入ったとなると それは喉元を過ぎた危険だった。そうなれば鬼退治よりも田植えが終わったばかりの 田んぼの面倒のほうが大事となる。このことも百姓にとっては死活問題だ。
 直接被害がないのなら 関わりたくないのが本音だ。

 村人たちの意見が一つとなり 『そうだそうだ』 と まとまった頃
 「あっあれは田島様たちだ」
 村人の一人が歩いてくる武士と村人達に気づき
 「宮田さまー 」と 右目から口元に傷の走る武士に振り向き 叫び知らせる。

 「宮田様。田島様がおこしですがぁー」
 目の前まで出向いてもう一度知らせると
 「おおっ そうか来られたか」
 宮田と呼ばれる顔に傷の走る武士は立ち上がり
 「田島殿 こちらです」と 手招きをいれて 小太りの武士を近くに呼び寄せる。

 二人は軽く挨拶を交わすと
 「で、どうなりました」
 田島と呼ばれる小太りの武士が 職務の経過をたずねた。
 「うむ」 
 宮田は威厳を保つように胸をはりうなづき
 「この辺りにも足跡があり また 小さな足跡もありまする。これほどの大きな足跡は 人の足とも思えませんから・・・やはり・・・。」
 宮田と呼ばれる顔に傷の走る武士が 自分の考えと周りの様子を云うと
 「たしかに 私もそれを確認できました。しかし 小さな足跡は・・いったいなんでしょう・・・。」

 「うむ・・。」
 腕くみ しばし考え込む宮田
 「鬼の子か・・どこかで攫われた子供か・・。なんにしても あとを追い確かめなくては・・・。」

 宮田のその言葉に 田島がうなづきながら
 「宮田殿 これからどうなされます」
 田島が先の策を聞く。田島の言葉に宮田は頭を上げ
 「おいっ 村のもの」
 自分と歩き来た 村人を呼び集め

 「どうするか決まったか」と 村人たちの顔を見まわす。
 村人達は武士から目をそらし 自分たちのまとめ役へと視線をむける。
 視線を感じた まとめ役は 渋々前に進み出て当たり障りなく 谷間の猟師たちの力を借りることを 武士へと伝える。

 「儂ら 百姓より度胸もあり 山にも・・くわしいがぁ・・。儂ら田んぼもありますし・・・」


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