小説★月の道

 14 選択 決断

  

14  選択 決断

by 聖 ★章弘(akimitsu)


 我が身の力で何かを聴きとる。

 風が運んできた。
 どこかで誰かが騒いでいる様子。

 「ざわめきだ・・人が騒いでいるぞ」
 般若の眼で辺りを見まわす。
 「風はこちらから来る。風に乗って来ているからこっちだ」
 風上に般若の眼を向ける。

 「あっ・いけないぞ・・あそこにいるっ」
般若の力を借りて見たものは 夜明けに通った尾根に 蟻んこのようにウゴメク人影だった。
 その豆粒のような人影が ボウのいる辺りを指差し騒いでいる。

 「いけない 報せなきゃ」
 ボウは急いで岩から駆け下りる。
 家族の般若から得られる力は 遠くを見渡せても足元は見えなかった。般若の面を顔から頭の上にずらし 足元を確かめるように できるだけ速く駆け下りてゆく。駆け下りながらも 言葉はさらに先を走っていた。

 「旅僧さん大変だ 散策の者だよ。尾根の辺りにたくさんいるから おきなければ 眼を覚まさないといけないよ」

 鬼はともかく 旅僧たちが逃げなければいけない理由は よく解らないが
雰囲気で逃げるべきだとは理解していた。

 「いそいで いそいで 寝ている場合じゃないよ」
 岩から駆け下りてくると 旅僧も弟子も声の主を探していた。
 「ナニゴト」と 鬼も立ち上がり声の主を探していた。

 頭からずり落ちてくる般若をしっかりと顔にかぶり
 「旅僧さん」
 岩陰から飛び出してゆく。
 「おおっ。」
 岩陰から飛び出す般若に驚きの声をあげ
 「なっなんだ どうした」
 旅僧と弟子が走りよってきたボウを囲む。

 「岩の上から明け方に通った尾根を見ておくれよ。オイラが岩の上で景色を見ているのを 見つかってしまったよ。たくさんの人がこちらを見ていたよ」
 「なにっ」
 旅僧が驚きの声をだすと 弟子がすかさず走り出し 岩を駆け上る。
 
 「・・います。結構な人数・・七名・・七名ほどがこちらを指差し見ています」
 岩の陰から押し殺した声が聞こえてくる。
 旅僧はすかさず踵をかえすと
 「荷物を持て ボウも急げ 鬼にも急ぐように云え 追っ手がくる急ごう」

 鬼は云われるでもなく 荷物を抱えていた。ボウも般若を懐にしまい 与えられた風呂敷包みを背中に背負い込み
 「盆地ですか 谷間の集落ですか」
 旅僧に聞いてみる。

 「・・・うむ・・」
 旅僧は考え込み
 「弟子よ どちらが良いと思う。谷間を抜けての山道か・・それともこちら側の盆地を歩き 遠くに見える山を目指すか・・・意見を聞かせてくれ」
 弟子は考え込み
 「集落を越えたがいいのでは。その山道ならば手入れも行き届き歩きやすく 盆地は藪漕ぎも大変かと・・」
 「・・・うむ」
 旅僧は腕を組み 集落があるほうと 靄にかすむ盆地の先の山とを見比べながら考え込む
 「うむ ・・・どちらが・・・」
 考え込む旅僧の耳に 
 
 「盆地だよ」
 ボウの元気な声が聞こえてくる。
 旅僧たちが『なぜ』と顔を向けると
 『なにを悩んでいるのさ』と 云わんばかりの眼で旅僧たちを見ている。
 「ボウよ・・なぜ谷間でなく盆地にむかう」
 弟子が少々むっとしてボウに聞いてくる。
 
 「だってそうだろう。山が手入れされていて歩きやすいと云う事は追いつかれてしまうかも・・。
 山になれた地の人間がオイラ達の歩いた跡をすぐに見つけるのさ。盆地ならば 最初だけ気をつければ 何処をどう歩いていったのか解りっこないさ山の手入れされた道から藪漕ぎに変わって歩けば こちらですよって 案内しているようなもんさ。
 それよりも静かに盆地に入って 右か左か・・・どちらに行ったのか解らなければ 探すほうも嫌になってくるさ。・・兵法書でもなんでも・・昔の偉い人の書物を読んで勉強しなよ」

 弟子は面白くないとも想ったが 『なるほど』と感心し すかさず
 「ボウの案にのりましょう。藪漕ぎは大変ですが・・用心して足跡など気配を消してゆけば なかなか見つかるものとも思えません」
 弟子の言葉に旅僧も大きく頷き
 「うむ・・よしっ とにかくいそごう」

 旅僧と弟子 鬼と子鬼は 山道を盆地へと向かい歩き出した。
 水の流れがあれば 水の中を歩き 今のうちから気配を消して歩くことを心がけていた。

  
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13 小さな制覇

13  ちいさな制覇


     by 聖 ★章弘(akimitsu)


 弟子は黙り込み 鬼へと視線をむけてみる。鬼は汁をすすり終わり 革でできた袋をゴソゴソと探っている。

 弟子の耳へとボウのつぶやきが聞こえてくる。
 「・・・あの革の袋・・・人の皮かな・・・。」
 考えてもいなかったことをボウが云うので 弟子は旅僧に顔を向け
 「大丈夫でしょうか・・」
 ポツリと聴いてくみる。
 旅僧は弟子の顔を見ると ニヤッと笑い
 
 「はははっ。気がついたら誰か喰われているかも知れんな」
 旅僧は楽しそうに
 「ボウ小さいから喰いごたえがない・・。儂はどちらかといえば肉がまずくなる歳だ。・・儂が鬼なら・・・まず お前から喰らうが。若くて一番うまそうだ。ワッハハハ」

 「うっ」弟子が固まる。
 「とりあえずオイラじゃないんだ」
 ボウは安心したように
 「よかった・・・。お弟子さんが消えてから逃げることを考えればいいや」
 『良かったよかった』と ボウが一人うなづく。
 「うっ」弟子は鬼に目をやり 目が合うとすぐさまそらし 汁の残る椀をみつめる。それを見ていた師は 愉快なのか 満面の笑みで
 
 「弟子よ 心配するな。葬儀は儂が立派なものをしてやる。こうみえてもあちらこちらの寺や殿様たちが 『後継ぎに また 寺を建立するから住職をしろ』と儂を欲しがる位の坊主だ。
 立派なものになるぞ。ハハハハッ。見かけだけじゃない、ナカミのある葬儀だ。天下一の葬儀だっ。ハッハハハハ」

 笑う旅僧へ ボウが感心したように。
 「それはいいや。旅僧さんの知り合いなら立派な坊主もたくさんいるから その人たちが集まって経を読んだら荘厳だろうなぁー。いいなあー お弟子さんは」

 「おおっ いいぞ。そのへんの殿様どもには負けない葬儀じゃ。ハッハハハハ。位の高い しかも世捨ての坊主の経じゃ ハッハハハ」

 素直に感じている子どもは 今を生き
 少し世の中が見えてきた若者は未来に生き
 歳のワリには知性と教養と若さを持つ男は 今日の今から 少しの未来を楽しんでいる。

 当の鬼は過去を想い 悲しみのなか明日を信じて今を歩いてゆく。

 それぞれが それぞれのなか 夕暮れまでの眠りの中に入っていった。



             8

 
 夕暮れまでには今しばらくのとき。

 旅僧も弟子も鬼も 軽い寝息をたてている。

 ひとり早く目覚めて辺りをうかがうボウは 眠れない好奇心が暴れだし 一ヶ所に身体を落ち着かせるのを困難にしていた。

 『涼しいな』
 山の陽射しも柔らかくなり 木々の木漏れ日は風と共に揺らいでいる。
 ボウはそのなかしばらくは静かに座っていたが 目の前にそびえ立つ岩を見ていると
 「この大きな岩の上に立ってみたいな・・景色もいいかな・・。」
 座ったまま身体を反らし岩を見上げる。
 「村にあった千年杉よりでかいや・・・。」

 フツフツと童子のうちに眠る征服欲が、好奇心と手を組み立ち上がってくる。うちからの衝動は動きとして表に現れ ボウは岩を見上げたままゆっくりと立ち上がり ゆっくりと岩を探るようにぐるりと周囲をまわる。

 「遠い昔に誰かが建てたみたいだ・・・。おおきいなぁー」

 むかし昔の人々は 山の頂に石を並べていたと聞いたことがある。旅の途中 身体をこわし幾日か寺で面倒を見た男が話してくれた。
 神々が棲むとか鬼が棲むとか。
 そういった山には必ず石が並んでいたり岩が重なっていたりと聞かされた話だ。
 目の前にそびえ立つ岩は 足元に大きな四角い岩を据えて その上に長く太い岩をのせたようだ。
 
 「もしかしたら鬼さんの仲間が立てたのかも 鬼さんは痩せこけた感じが少しするけど 昔はもっと体つきも逞しかったはずだし・・。」
 ボウは一人納得し『うんうん』とうなづいて 
 「誰かがおいたのは確かだぞ」
 と 自然の造形の主を想像していた。

 山の斜面の面は長い岩を後から支えるように これがまた大きな大きな岩が横たわっている。 
 そびえ立つ長い岩の上真ん中辺りまでは 山の斜面と支える岩を使い上れそうだが・・それから上へは。
 「のぼれるかな・・・。」
 見上げる限りでは上れそうにない

 「・・・よしっ!のぼってみよう』と決断すると 思いは
 「かなり遠くまで見渡せるぞ」
 その岩を制覇していた。
 


 制覇するのは簡単だった。
 岩は思いのほか制覇しやすく ボウは岩の天辺まで簡単に登り景色を堪能することができた。
 
 遠く 空の向こうはモヤがかかり 山々がそのモヤをせき止めていた。山々の足元には盆地が広がり 未開の土地がボウに制覇されるのをまっていた。

 「これなら見つからずに盆地を抜けていけそうだぞ。そしてあの山を越えると海かな・・・。まだまだ幾つもの山を越えなければだめなのかな・・・。」
 ボウはまだ見ぬ海を想像してみようとした。 
 「・・・わからないや・・」
 見たことのない広い海は 波の打ち寄せては引く場所ではなく 向こう岸の見えない大きな流れのある河だった。

 ボウは懐から 幼なじみであり 家族である般若の面を取り出し顔にかぶった。
 何処までも見渡せそうな世界と何かの不思議な力によってくみ上げられた岩のうえ。お面をかぶれば 自分も不思議と なにか自然の驚異の一部になれて 新たな不思議な力が得られそうに思えてくる。

 しずかに頬をなでる風は なにかの音を乗せてくる。
 なにかが風に乗って聞こえてくる。
 不思議の一部になった我が身に不思議の力がついたようだ

 「なんだろう・・。」
 ボウは振り返り般若の目を使い 辺りを探るように見まわす。
 「なにかな・・。」
 かすかに何かが聞こえてくる。

 耳をすまして 我が身についた力を確かめようと 風に耳を寄せてみた。


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12 知識は無いけど知恵があるのさ

12  知識は無いけど 知恵はあるさ
 

                          by 聖 ★章弘(akimitsu)



 村人は けつを叩かれ走り出してみるが 気持ちは身体からずれて置き去りだった。


 つかんだ鬼の腕は見ため以上に太かった。
 山の麓の明かりと 鬼の腕に驚くのは同時だった

 「鬼さんでかいなぁー」
 ボウの感心した驚きが闇の中に流れてゆく。
 「これ」騒ぐボウへと弟子が小言を云う。
 膝を曲げて隠れていなくても見つからないと思えるが 大人たちが隠れているのでボウは疑問に思いながらも 皆にならい隠れていた。

 「ねえ・・・。」疑問を声にだしてみる。
 「しずかに」 面倒臭そうに弟子の声がかえってくる。
 「ねえ」ふたたびボウの言葉に
 「なんだっうるさい」
 イライラした弟子の言葉が 投げ捨てるように かえってくる。

 ボウは立ち上がり あきれたように
 「立ってたって・・麓から こちらはみえないよ」

 『・・・・。』『・・・・・。』
 何気にいってみた言葉は 辺りを一段と静かにする。

 「あー・・・。」
 弟子は 唸ったあと黙り込む。
 旅僧は『クククッ』と笑いながら立ち上がる。

 「鬼さんが立ち上がって手を振ったって麓からは見えないよ。提灯も消しているし・・・。」
 ボウが申し訳なさそうに言葉をこぼす。

 ボウは もしかしたら 『自分の知らない理由があるのかも知れない』と思い いつもの強気のしゃべりはできなかった。
 『提灯を消すのは しのぶとき』
 と つい先ほど 寺の坊主たちに云われたばかりだ。
 『今はしのぶとき』 
 だから 提灯を消しているのだろう。・・それは理解できる。しかし 隠れている理由は理解できなかった。
 ボウはその理由がしりたいと 
 「なにか理由があるの・・。ないのなら早く進みましょうよ。このまま尾根に向かえば朝までにかなり歩けるのに・・・。」

 旅僧と弟子は『うむ』と 苦笑いに立ち上がり
 「さて・・・ゆくとするか」と先に歩き始める。

 『ゴホン』 弟子が軽く咳払いをして ボウへとふりかえり
 「提灯をつけるな」 そういった。
 鬼も 不安な気持ちで立ち上がり ボウを見つめている。
 ボウは鬼の視線を見つめ返し 不安を読み取って
 「きっと何か訳があるのさ・・。オイラは子どもだし・・鬼さんは鬼だし・・。偉い坊さんの考えることは凡人と鬼にはわからないのさ」 
 
 旅僧と弟子は ボウの言葉と自分達の行動をおもい 苦笑いの中あるきつづけた。



              7


 辺りを照らす月光も 山の中では足元暗く 見上げる空だけが異様なまでに明るかった。

 尾根の付近を歩き続け ふと東の空に目を向けると白み始めている。東の空から谷間に目をむけてゆくと 小さな集落がある。

 「よし」 旅僧が立ち止まり谷間の集落から 進むべき方向を見据えて
 「この辺りで暗くなるまで休もう。谷間に見えるは小さな集落だ。暗くなってのち こっそりと集落をとおり谷の向こうの山に入ろう」
 旅僧は適当な場所をみつけると 背中の荷物をおろし
 「ボウよ」と 声をかける。
 すでに座り込み ウトウト と 船を漕ぎ始めていたボウは
 「あっはい」と 驚きの返事と共に辺りをみまわした。
 一瞬の眠りで全てを忘れて そして思い出したように
 「・・ん・・。なんですか 旅僧さん・・。」
 きかん気の性根も普段は素直な子ども 躾のよさがすぐにあらわれる。 ボウは旅僧の前に進み出て言葉を待った。

 「腹がすいたろう・・火を熾すから水を汲んで来い」
 「はいっ」
 ボウは素直に返事をすると 旅僧をみつめなにやら考えこんでいる。旅僧は 返事だけで一向に動こうとしないボウへ
 「どうしたボウ」と 声をかける。
 ボウは申し訳なさそうに小首をかしげながら、
 「ねえ・・旅僧さん。ここは尾根の近くだけど・水はどこにあるんだい。一番高い場所に水なんてあるのかい・・。」
 「・・・うん・・・。」
 旅僧はしばらく考え込み
 「しまった」と 言葉を発し
 「儂としたことが」と 照れ笑いを浮かべ
 「うむ・・。いましばらく歩くとしようか」
 と 背中に再び荷物を担ぎなおす。

 照れ隠しに『疲れておるな・・』と言葉をこぼし 苦笑いのなか
 「すまぬが今しばらく歩くとしよう・・。」
 と 皆をうながし歩き始めた。


 朝の空気を十分に味わい 太陽が照りつけだしたころ 水がちょろちょろと浸みだす場所を見つけて
 「ここがよい ここに水があるし向こうには大きな岩がそびえておる。その足元も大きな岩 軽く食べたら夕時まで眠るとしよう」
岩陰で火を熾し 寺から抱えてきた荷物から 味噌と野菜を取り出し煮込みはじめた。少々の粗末な食事だが それでも落ち着くには十分だった。

 鬼は『なにを食べるのだろうか』と ボウが興味津々と観察していると皆と一緒に汁をすすりはじめた。ボウとしては血の滴る不気味な食事を考えていたが 少々期待はずれの上品な食事だった。

 ボウはしばらく鬼の食事を見つめたのち
 「ねぇ、お弟子さん」
 不意に何かを思い出したように ボウは顔を弟子に向けてたずねた。
 「なんです」
 修行中の身にふさわしく丁寧に食事をしていた弟子は、驚いて返事をしてくる。
 
 「・・鬼さんに喰われると思ったことはないのかい」
 弟子は驚き椀を落としそうになる。そのことには触れずにボウは言葉をつづける。
 
 「オイラ鬼さんは血の滴る生肉を食べるとばかり思っていた。仏に仕えるお弟子さんたちは食べないだろうけど 村の人たちは たまに鍋に鶏肉やイノシシの肉を入れて食べるでしょう。だから鬼なら なおさらそのまま喰らうかと思って・・。オイラ心の臓が口から飛び出そうなときがあったんだぜ・・・。
 ねぇ やはりおいら達が見ていないときなんかは・・猪とか襲って捕まえているのかな。・・・村から盗んでいった鶏とかは どうなったんだろう。・・そのまま食べたのかな・・・。
 生きたまま・・・頭から・・かじっていたら・・いやだな・・・。」

        
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11 おっての

    11 追っ手の    by 聖 ★章弘(akimitsu)



 「はははっ」 鬼がしゃべったのが嬉しいのか ボウは飛び跳ねながら
 「だめだよ 一度でいいんだ。それにアニじゃないよ オニだよ オニ」
 「オニダヨオニ」応える鬼。
 ボウは楽しくてしかたがないのか 鬼の手を掴みながら
 「オー二 でいいんだよ。いちどでいいんだ。いいかい オ・ニ だよ」
 村では根気よく乳飲み子をあやしていたボウだ。泣き叫ばないだけ 鬼のほうが扱いやすい。



              6


 はしゃぐボウの声を聴きながら旅僧は思う。
 
 遠い海から山を越え谷を越え 幾十日。 反対側の海まで人の通る道で通って そんなに遠くないところ。成り行きとはいえ 賑やかな旅になってきた。このまま幼き子どもをつれ回していいものかと思いもあるが この孤児にある未来は無限に近い。ただの山猿が豊臣の姓をもらい 天下に名を馳せることもある世の中。 このまま連れて どこかで誰かに預けても良いかとも思う。それとも次の村で無理やり置いて行くか・・・。『おいてゆこう』そう思う気持ちに 楽しそうなボウの声が 『このまま連れて この子どもに未来が出来る』場所に預けてゆこうとも思う。

 今までの旅の疲れからか 未来に夢を持つ子どもの道連れが出来たことで 偉いと云われる坊主にも 楽しい旅を過ごしたい欲がわいてきていた。

 そんな悩みを持ち始めた旅僧をよそに
 「そうだね。これは石だよ。鬼さんの言葉だと・・・。」
 すでに いくつかの言葉が飛び交っている。聴きなれない言葉がボウの口からこぼれてくる。
 ボウが言葉を出すたびに
 「スゴイ スゴイ」と いつの間にやら覚えた言葉が 聞きなれない発音で聞こえてくる。

 弟子もドサクサに紛れて 鬼の言葉を申し訳なさそうに 小さな声で繰り返している。
そんな 和やかに感じる闇の中で
 「しっ静かに」と 緊張した旅僧の言葉が 本来の闇へと引き戻す。

 鬼とボウが脚をとめ旅僧に顔を向けると 何かを察した弟子が フッと 提灯の灯りを吹き消した。

 「しゃがめ しゃがめ」
 弟子が押し殺した声でうったえる。
 旅僧とは少し距離があったが 月明かりでその動きは確認できた。
 ボウは『すわって座って』と 鬼の手を掴みしゃがませる。
 ボウは辺りをきょろきょろと見回し『あっ』と言葉をもらす。

 

 山の麓のあたりは明るかった。

 いくつもの灯りがみえる。
 灯りを燈して 幾人も松明を持ち ウロウロしているのが見て取れた。
 旅僧たちはただの盗人騒ぎで治まるだろうと思っていたが 事は思いのほか大騒ぎになっているようだ。

 関が原からこの世は どこにも火の手は上がらず 戦を飯の種としていた輩が 食うにこまり山賊に変わりはてる地域もおおかった。

 そんな治安の悪いなか ここ半年の間であちらこちらに鬼が出ると噂がたち 噂をたどると 今夜も噂の歩いてきた道に鬼が出たと一騒ぎ。
 陣構えと山狩りに駆り出された村人と 腰に刀を携えた 腕自慢の猛者たちが それぞれの思いで忙しく動き回っている。


 平安が見えてきた世に 久々の腕試しと出世を見込んでいる漢どもは 張り切って闇に集中している。そしてここでも
 「なにを見てます」
 月明かりに浮かぶ 山の陰を見つめる武士に 小太りのたくましい武士が声をかける。声をかけられた武士は 右目の下から口元に走る 醜くも逞しい傷をさすりながら
 「あそこに」と左手で山の陰を指差す。

 「・・・あそこに・・・灯りが見えた気がしたのですが・・・。あの辺りには道がありましたか・・。もしや・・と思いまして」
 「どちらに・・灯りが」
 小太りの武士は 顔に傷のある武士の指をおい
 「村の者達に聞いてみましょう」
 そう云って 振り返り
 「おい村のもの ここまで誰か来てくれ」

 山に灯りは見えていない。山があると解る影が月に照らされ 浮かびあがっているだけだった。

 村のものがやってきて 灯りが見えた辺りを指差し教えると
 「ええ はいはい あそこには道らしきものはありませぬが・・歩こうと思えば歩けないこともございません。灯りがあったのならもしかすると・・」
 村人が腰も低く丁寧に話し終わると 小太りと顔に傷のある武士がお互いに顔を近づけて『うむ』と うなづき
 「よし おまえ」
 小太りが村人に顔をむけ
 「お前を含めて 五人ほど山にくわしい男を集めろ」
 と 小太りの小さな身体から 幾多の修羅場を潜り抜けてきた 厚みのある声で村の男に指示する。
 
 「あ・・儂もですか・・・。」
 村の男が驚いたように聞き返す。
 「当たり前だ」
 傷のある武士が『当然』と 横柄に言葉を荒げる。
 「お前も山に詳しいだろう。お前が五人の頭になれ」

 傷のある武士は『いそげ』と 威すように村のものをせかせる。
 「まったく動きがおそい」
 傷のある武士が小言をつぶやき
 「あそこには私がいってみますゆえ すみませぬが陣のほうに連絡を」
 小太りに言葉をかける。小太りは『うむ』と うなづくと
 「あと 一班つくり すぐに追いかけましょう。なに 用心にこしたことはない。相手はこの世のものかどうかも・・しかも野武士どもなら 多勢に無勢かも・・。では 後ほど」

 小太りが軽快に走り出し村のものを追い抜いてゆく 追い抜きざまに『いそげ』と けつを叩く。




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10 いいさ! 言葉覚えるさ。

        10  いいさ!言葉おぼえるさ。


 「ねぇ 旅僧さん 鬼さんとは何処で知り合ったのさ なぜ一緒にいるのさ。鬼さんは一人なの 家族とか友達とかどうしたのさ・・ねぇ何か理由があるのでしょう。だから一緒にいるのでしょう」
 「うむ・・・。」旅僧が困り少し考え込む。

 幼い心は わが身と照らしあわせて
 「ひとりだと寂しいだろうな はぐれたのかな・・。きっと家族とか友達とかは心配しているだろうね」
 その目を潤ませ 弟子の横を歩く鬼を見つめる。

 「これ 子ども いい加減にしろ」弟子がたしなめる
 「いやいや 話して聞かせよう」振り向き弟子にそう云うと
 「よしボウ なにから聴きたい」

 ボウは目を開き
 「じゃ オニさんは本当に鬼なの そして・・とにかく今まで聴いたこと全部とまだ聴いていないこと ・・いろいろ聞かせておくれよ。追っ手も来ることだし色々聞かせてください」

 旅僧は頷き
 「おう そうだ。追っ手も来ていたな。すっかり忘れていたわい」
 旅僧と弟子は思い出したように頷きあい。
 「では 先を急ぎながら聞かせてやろう。その代わり あれやこれやと聞いて来るな・・うるさくてかなわん」
 旅僧は楽しそうに話をはじめた。


              5


 「鬼が鬼かどうか 鬼の言葉を教わり おぼえ 鬼に聞け」
 旅僧の言葉に ボウは振り返り鬼を見つめた。鬼は弟子より胸から上がたかく飛び出している。
 「出会った場所は・・・」旅僧は続きを話し始める。
 「箱根も越えて 幾日歩いて海辺の村。・・箱根は聞いたことがあるだろう それよりももっと向こうの海だ」
  
 ボウは目を丸めて驚きの顔を見せる。
 「お・・鬼って・・海に住んでたんだ・・。山かと思った」
 ボウの感動にも似た言葉と眼に 旅僧は苦笑いを浮かべ
 「・・・まぁ それは鬼の言葉を学んで鬼に聞くとよい」
 旅僧は言葉をつづけ 弟子は笑いを耐えながら師匠の話に聞き入った。

 「鬼はな ・・とりあえず・・海の近くの山におった」
 「ええっ」ボウが目を見開く。
 「・・や・・山にとりあえずいたの・・とりあえずってことは やっぱり海に住んでいたのかい」
 「・・・それは そのうちにでも鬼に聞け・・とりあえず鬼は山に住んでおった」
 「ふーん・・・。」
 「鬼どもはな 食べ物がなくてたびたび村から食べ物を盗んでおった。

 旅僧の説明に「うんうん」と頷き
 「やっぱり鬼さんにも仲間がいたんだ。・・それは家族かい」
鬼に顔を向けて尋ねてみるが 言葉の通じないことを思い出し旅僧に顔をむけ
 「ねぇ それって家族かな・・子どもはいるのかな。鬼の子は鬼だからオイラよりでかいのかな やはり赤鬼かな・・山の森に住む鬼は蒼くて岩場に住む鬼は赤いんでしょう。

 「まてまて」
 矢継ぎ早に言葉が飛び出すボウにまいり
 「そんなに一度に聞いてくるな 儂も順序だてて話してゆくから」
 旅僧は楽しそうに『猿ぐつわがいるな』と つぶやき話をつづけた。
 見え隠れする月を チラリとみて 頬に少し冷たい初夏の山風を感じながら
 「あの日も月夜だった」と 話し始めた。


 
 旅僧は ふ と月から目をはなし
 「うむ・・・やはりやめておこう」と つぶやいた。
 『えっ』ボウは 驚きの声で旅僧を見上げる。
 「このさき・・・。旅を続けるつもりなら 鬼の言葉に慣れ親しんで 鬼の言葉で聴け。・・その方がよい・・。」

 旅僧は真顔から笑顔にかわり 
 「うむうむ。やはりそれがよい それが」
 と ひとりうなづき、
 「おぼえるがよい」

 「えーー」
 ボウはしばらく 『聴きたい聴きたい』と ダダをこねていたが 弟子が「学問の道ならちょうど良い 長崎にいっても鬼の言葉は役に立つ」
 と 一言漏らすと
 「まっ いいや おいら言葉おぼえるさ」と あっさり納得している。

 ボウは早速木の枝を折り 提灯を弟子に手渡し鬼の横に駆け寄る。
 「いいかい鬼さん この手に持っているのが枝だよ。エダ・・解るかい エ・ダ。これが葉っぱ ハッパ・・わかるかい・・言ってミナヨ ほら」

 ボウが言葉を繰り返すことで 鬼にもボウの意志が伝わったらしく。
 「エ・・ダ・エ・ダ・・・。」
 と 口の中でこもるように言葉を繰り返す。
 「そうだよ。これがエダで これがハッパ 今度は鬼さんの言葉教えておくれよ」

 鬼の目を見つめ 「教えておくれよ」と うったえるボウに 鬼は『なに』と 首をかしげてボウの目を覗き込む。

 眉間にしわ寄せ 悩む鬼に
 「鬼さんの言葉だよ。いいかい これはエダ そしてこれがハッパ・・これは解るね・・・だから」
 ボウは鬼の口を指差し
 「鬼さんの言葉で オイラに教えておくれよ」と 自分の耳を指差す。
 なお 首を傾げる鬼に
 「いいかい もう一度。オイラはボウで鬼さんはオニさん・・。」
 自分と鬼を指差し そして「エダにハッパ」 と 指差し 言葉にだす。

 鬼は ボウが言いたいことが解ったのか大きくうなづき
 「ボウ」 ボウを指差し そして
 「アニサン ア アニサン」と 自分を指差す。

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