小説★月の道

6 般若と鬼

 6  般若と鬼


 若い修行僧の師は 『なにごと』と 顔をあげ わが身の背中の辺りを見つめる弟子の視線を追い ふりかえる。その右横に座るものも『不振』と振り返る。
『ハッ』師は息をのみ 右横の者は『ガッ』と驚き立ち上がる。

 白く浮かび上がった般若の顔が 洞穴の前で静かに建ち尽し 伺っている。
 「うっ」数珠を手に 『失せて無くなれ』と声をだすその時 修行を積んだ僧は 般若の身なりと脚を確認する。
 「こどもかっ」と すぐに思いつく。

 般若は 僧の横に立ち上がる者に顔を向け その姿かたちを確認して
 「ひっ」と叫び 踵を返して 闇の中に走り去ろうとする。
 「いかんっ」般若の正体を見抜いた僧は すかさず立ち上がり。
 「だいじょうぶだ。走ると危ういぞ」瞬時に般若に近づき抱きかかえる。
 「ひーっひーっ」と 般若は息を漏らして 徳のある僧の腕の中で暴れ、僧は手に負えない般若を洞窟の中に必死で連れ込んでゆく。

 「わーっ 離せっ オイラはかえるぞ 帰るからはなせ離せ」
 連れ込まれた般若はあるだけの元気をだして 手足をばたつかせ暴れまくる。
 「おっおおおっ 落ち着け。儂じゃ 旅の坊主じゃ・・・めずらしい菓子もやったろう。妖怪の話もした。つい先ほどもこうして抱えた旅の坊主じゃ。ななっなあ  ・・落ち着いてくれ」 
 最後は懇願していた。
 「んっ」 般若の動きが ぴたり と とまる。ずれた般若の面をずらしてしまい 抱える僧をちらりと見上げて
 「あっ 旅の坊主」と あっけに取られて言葉をこぼす。

 「旅の坊主とはなんだ。そう呼ぶなと いったであろう・・。」
 脇に抱えられたまま、般若の面をはずして ボウは 「あっ」思い出したように 自分が恐怖で逃げ出すきっかけの者に目を向けてみた。

 「あ゛ーっ」そのものを確認すると 再びカンシャク玉のように暴れだした。
 「わーっ鬼だっ オニオニ 鬼だ」
 「わかったわかった。おちつけ 落ち着いてくれ。獲って食いわせぬ」
 力の限り 命の力の限り暴れる童子に
 「こら子供 今夜だけでお前は儂に十年分の怪我を負わせる気か」
 と 愚痴ってみたが 童子が静まることは しばらくの間なかった。


              

  ボウは視野の狭い般若の面ごしに視線を走らせる。
 若い僧が尻餅をつくのを確認し 旅の僧も確認した。そしてその右横に
 もじゃもじゃ頭の赤ら顔を確認した。そして それはたちあがる。

 それはゆっくりヌーと立ち上がり 小さく見えていたもの 今まで見たどの大人達よりも高く 高く立ち上がり 岩の天井に もじゃもじゃ頭をつけていた。
 『鬼だ』言葉に出したつもりが 言葉にならない。考える暇すらない 身体は今歩いてきた道を 回れ右して走り去ろうとしていた。が、衝撃と共に地から脚が浮く。
 耳に何かが聞こえている気もするが それどころではない。
 『喰われる』その思いがわきあがり暴れに暴れまくっていた。
 
 捕らわれたわが身を あるだけの力で暴れさせる。その耳に聞きなれた声が聞こえてきても すぐには理解出来ない。死ぬ間際の走馬灯の一部かと思い考えると ふと 先ほど同じような状態で 同じ声をきいていたのを思い出す。『ん?』
  
 ボウは般若の面をずらして見上げてみる。
 「あっ 旅の坊主」
 先ほど 寺の境内を登りきったときと同じ言葉をこぼし 同じ叱りの言葉が 同じ声で返ってきた。

 「旅の坊主とはなんだ。そう 呼ぶなといったであろう」
 ボウは安心したのもつかのま 今 感じていた恐怖の元に 視線をなげてみた。まさに得体の知れない者をみて もって生まれた防衛本能は あるだけの力 だせるだけの力で手足を動かせと命令してくる。
 「わーっ鬼だ オニだーっ」
 魂の奥底から あるだけの元気が出尽くすまでのあいだ。旅の坊主は蒼痣を増やしていった。


               4

   「んー・・・。」

 子供の腕組みをした身体からは 唸り声だけが出ていた。
 それは恐怖からではなく 苦しみからでもなく 言葉に出来ない想いが喉の奥底から自然とこぼれて来ているのだった。
 「んー。」
 落ち着きを取り戻して 坊主にしがみついて一点を観ていると
 「まあ座れ いいから座れ」
 と 地面に下ろされ 促す場所に 一点を見つめたまま 恐る恐る腰を下ろした。

 視線を釘付けにしているものを 頭の先からゆっくりとつま先まで見てゆく。
 「うーん・・。」
 くるくると まるまったくせ毛が 焚き火の灯りで光っている。
 ボウは背筋を伸ばし すこしずつ腰を浮かして立ち上がる。
 「つ・・角が・・ないな・・。」
 つぶやいてみる。
 「みえないだけかな・・。」
 少し腰をさげ
 「眉もあかいや・・。目は・・オイラは茶目だけど ・・もう少しうすいなぁ・・鼻は凄くたかいや」
 恐怖と好奇心で ぶつぶつとつぶやきながら鬼を観察していた。
 「赤鬼かな・・・。身体はでかいや 厚みもあるし でも 怪力和尚のほうが強そうだ」
 
 身体は毛深く 普通の大人よりもたくましく見えるが やつれた感じが見て取れる。腰にはボロをまとい 肩からは袈裟の お下がりをかけている。身体の露出している場所は赤っぽい 日に焼けているのか垢なのか 赤鬼だからか・・。
 手足はヒョロリと長く みかたによっては かなりのあいだ ヒモジイ思いをしてきて 痩せこけたようにも見える。

 「うーん」
 ボウは再びうなり 鬼の顔を見つめる。
 彫が深く 高い鼻 灯りのあたり具合によっては獲物を狙う山犬を連想させる。
 「やっぱり ・・肉ばかり食べるのかな・・。」
 ボウが鬼を観察し ぶつぶつとつぶやいていると 鬼が少し黄ばんだ白い歯をみせて ニッ と笑う。
 「うっ」突然の笑顔に驚いて 腰を抜かしてボウが座り込む。
 
 それを見て 旅の僧が愉快だと笑い出す。


                             にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ


5  般若

5  般若



 念のこもった般若の顔を 踏み台をはこんで壁からはずした。
 月明かりに はじめて照らされた般若はニヤリと笑い
 「さあ、ゆこう 気ままだ」と ボウに語りかけていた。
 
 ボウは 家族を懐にしまい
 「いそがないと見失う」階段を駆け下り 戸口から飛び出してゆく
 「ボウ 何処へゆくっ」
 留守番の僧が 驚いて声をかけてくる。

 ボウは ビクリとして立ち止まり『・・・・・。』しばらく無言で立ち尽くした後
 「おいら 旅に出てくる。和尚様には よろしくお伝えください」
 そういって頭を深く下げると再び駆け出した。

 留守番の僧は 『なにが旅だ。朝飯までには帰ってくるだろう』と 普段から好奇心のままに駆け回る子供の事は気にもせず 元気に走り去るボウの背中を見送っていた。
 「飯の支度までにはかえってこーい。さぼるなあー」
 ちょこまかと走り去る小さな背中は 山の闇へと 溶け込んでゆく。


              3         にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ



何も見えない山の道
 
 闇の中に 微かな揺れの提灯が見え隠れ。
 「裏山は得意だ。目を瞑っていても道がわかるぞ」
 
 幼い頃から山に子守をしてもらっていたボウだ。どこの大人たちよりも 何処に何があるか。湧き水は何処にあり 何処に何の木があり木の実があるか この季節のこの匂いは何処の沢 この香は何処の木から 得意中の得意だった。が、しかし。
 
 旅なれた坊主たちの脚はつよく 子供の疲れしらずのあしも そう たやすく近づくことは出来なかった。
 「でも 追いつけるぞ。きっと疲れて視界がきいた湧き水があるところで休むはずだ」が そこには誰もいなかった。

 「うーん・・。おかしいな」
 ボウは辺りを見回してみる。月明かりに照らされた村が見える。提灯らしき灯りが幾つも見える。村人達はまだ何かしている様子だ。
 「かえろうかな」
 誰もいないとなると 急に不安になる。
 
 辺りをきょろきょろとうかがってみると 見えない人影すら見えてくる。ボウは近寄ってくるかもしれない妖怪変化どもに思い知らせてやろうと 懐にしまっている般若の面を顔にかぶった。
 
 「お月さんは この般若がオイラだと判るから驚かないだろうな」
 小さな般若が月を見上げていると 鼻になにやらマトワリついてくる。
 「オイラにも妖力ついたかな・・・。」辺りをうかがう。
 「・・ひ・・だ」どこかで木を燃やしているようだ。
 「煙の匂いだ。どこだ・・あっ旅の坊さん達だな」

 あたりに燃え上がる火は見えない。
 ボウは自分の頭の中に地図を開いてみる。この山の中で火を焚いても 周りに火が見えない処
 「どうくつだ」

 煙が見える。わずかばかりの月明かりと提灯の灯りで 霧とも煙ともつかない モヤが流れているのが見える。
 霧と違うのは 『煙のにおいだ』 嗅ぎなれた生木の燃えるにおいだった。
 
 「あっちだ」
 提灯で般若の顔が 白く光り 木々でつくられる闇の中を般若の顔だけが歩いている。豪胆で知れ渡った者も 白く浮かぶ般若を見ると腰を抜かすか、腰に刀があればすかさず抜いて斬りつけることだろう。
 白く光る般若は提灯の灯りを頼りにと 上下に揺れて獣道を洞穴へと近づいて行く。


 灯りがもれている。
 岩肌の大きな岩が 抜け落ちたような穴だった。大人でも五人、六人休めるような広さがある。
 『いるな』
 洞穴に近づくと灯りがもれている。さらに近づくと なにやらぼそぼそと 話し声も漏れ聞こえてくる。
 
 『見つけたぞ』
 ボウは何のためらいもなく洞穴の前に立った。そこから見えるのは三人の大人 入り口に背を向けているのが二人 入り口に向いて一人 胡坐を組み火に当たっている。

 こちらを向いているのは旅の坊主の弟子 若い修行僧だ。
 弟子は ボウの気配に すっと顔をあげる。
 顔を上げた瞬間。弟子は息をのみ 体の重心が後ろに移り 体制を崩す。
 「いっ」と 驚きの声と共にあわてて立ち上がる。
 「あああっあっ ものの化・・物の怪だ」(もののけとどちらも読む)
 息を吸っているのか 吐いているのか 驚きの声が終わると腰を抜かして倒れこんでしまった。


  まだ、まだ若い。
 二十歳を一つ二つほど越えたばかりの若者は 経を唱えたところで何も観得ない。名のある高僧に 縁あって一緒に旅をしているが まだ、自分の師がどれほどの者なのか 解らなかった。
 今 この瞬間 闇の中には闇の世界があるのを その目で確かめてしまう。


 闇と光の狭間で 何ものかな気配を感じ フッと顔を上げてみる。
 師の背中にある光と闇の狭間に ものの化を 精霊たちの邪心から生まれたような物の怪を 白く浮かび上がる般若を観てしまう。

  「いっ」  驚きと共に声は出すが 息は吸ってしまう。
  「ああっ」 師に知らせようと立ち上がり
  「ああっ・・もののけ・・」言葉を必死とだし 叫んでみる。
 しかし、腰に力はなく そのまま倒れこんで固まってしまった。


                           にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ


4  妖怪の子か

4  妖怪の子か



 旅の坊主は 苦笑いをし                にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ

 「それもそうだ・・」
 と 子供好きとわかる笑顔で 
 「しかし 子供が一人で夜中に走り回るほうがおかしいぞ」

 坊主が 笑顔で顔の傷を摩りながら言葉を返してくる。
 「儂は すっかりと 妖怪の子が走ってきたのかと 思ったが・・。つかまえてみると鬼の子だった・・・。ところでこんな夜中にどうした」
 坊主がたずねると

 「いけない。うちの怪力和尚の出番なんだ。坊主と遊んでいる間はないんだった」
 ボウは 言いたいことをいうと 踵を返して走り出そうとした。
 「おおっ まてまて 話してゆけ この坊主としばらく遊んでゆけ」

 ボウは ふりかえり
 「鬼がでたんだ。おいらも見た」
 と、ことの成り行きを簡単に説明し、驚く坊主に
 「和尚も鬼に攫われるかもしれないから はやく寝たがいい」
 そういい残し 「和尚様ー」と、寺の門をくぐり走り出す。

 「おおっおい お前は一人で帰ってきたのか・・これ・・・」
 ボウを見送る坊主は
 「まるで鬼のこのようだな」と、元気の有り余るボウの後姿に笑みを浮かべ その笑みを消すと
 『困ったぞ』

 腕をくみ 村の方へと顔をむけ そして寺の裏山へと顔をむける。
 「うーん・・こまった 困った」
 腕組みに頭を抱え 境内へと歩いてゆく。
 「うむ。・・・・こまった」


              2


ボウは『和尚様』と叫びながらふと思う

 『あの坊さんの名前知らないなぁ・・・。ここに一月もいるのに・・名前を知らないや・・・?」
 名前を聞こうと立ち止まり振り向くと 旅の坊主は腕を組み なにやら ぶつぶつと つぶやきながら歩いている。
 『別のときにきくかな』
 ボウはふたたび
 「和尚さまー」と 叫びながら和尚の寝床に駆けていった。


 布団の上に正座する和尚へと報告すると
 「よし、わしも行ってみよう。ボウよ お前は寝ていなさい」
 とりあえず ついてゆくと ダダをこねたりして見たが聞き入れられず 早く床に入れと怒られてしまう。

 怪力和尚が身支度の間に ボウは納所の部屋へと戻り 寝床の窓から村をのぞき見てみる。村には人だかりと あらためて熾した火が見える。
 「ややっ あれは寺の若い僧達だぞ 村の人たちも増えているぞ 女子の衆も出てきたな」

 ボウは鬼がどこかにいないかと 注意深く村を見渡してみる。犬達はすでに落ち着いて静かになり 特別な気配は何も感じられなかった。

 しばらく村を見回していると犬どもが吼え始める。今度は『なに』と 集まる村人たに視線をむけると
 「あっ 叉さんが喧嘩をしている。取っ組み合いをしているのは叉さんだ。怪力和尚の出番だな」
 周りの者たちが 喧嘩を止めようとしているのが 見てとれる。
 「和尚さまは まだ支度できないのかな」
 ボウは何気に境内に目を移すと 怪力和尚と旅の坊主が なにやら話しこみ頷きあっている。

 怪力和尚や村の出入りのもの達の話を聴くと この旅の途中にある坊主は
歳のわりに かなり偉い坊主らしい。三十路も半ばにしてかなりの位まで来ているらしかった。

 しかし ボウにしてみれば蚤と虱のたかる変人にしか見えなかった。
 「見た目じゃ解らないや。オイラにはただの汚い和尚にしか見えないや」
 ボウは一人で感心しながら 二人の僧の動きをみつめていた。
 「・・へんだな」

 寺の納所の人間や 旅の坊主の弟子が荷物を抱えて側でたっている。怪力和尚と納所の男。その向かいに旅の坊主とその弟子の若い修行僧。お互いが向かい合い深々と頭を下げて言葉を交わしている。 
 
 納所の男から 弟子の僧へと大きな荷物が手渡され 旅の坊主も大きな荷物を背中に抱え 再びの一礼。

 弟子が大きな荷物を抱えるのを 納所男と手伝っている。しっかりと荷物を受け取ってしまうと 再びの一礼を丁寧にして 何かをしゃべっている。餞別の荷物の礼を言っている様子だった。

 話がしばらくつづいて 今までとは違う頭の下げ方をしているのが観てわかる。四人が四人とも 今生の別れのように頭を静かにゆっくりと下げてしばらく固まっている。
 「へんだな・・。」ボウは首をかしげる。


 夜もふけきり 草木も眠りについた月の下。 
 「今から旅たつのかな・・。何も云ってなかったぞ。旅立ちは普通夜明けと相場は決まってるのに」
 怪力和尚は振り向きもせず村へと向かい 旅の坊主は裏の山へと歩き出していた。

 夜のなか 表の世界に歩き出すものと 裏の世界へと歩き出すもの。
 「何かあるんだ・・・。鬼が出るから・・怖いから逃げるのかな でも 夜歩くのはもっと怖い気がするな。・・偉い人の考えはオイラに解せないな」
 

 旅の坊主たちの姿が見えなくなると ボウは立ち上がり納所の二階から駆け下りて 裏山に走り出した。

 「いたっ」
 山の入り口 木々で暗く見通しが利かないが
 「提灯だ」灯りが見え隠れしている。

 「・・・・。」ボウはしばらく無言で火の玉のごとく 怪しく揺れる灯りを見つめていた。
 「よしっ」何かを決し 踵を返して納所に走り戻り提灯に灯りをつけた。

 「オイラもゆく」と、納所にある 鎌と杖を刀の大小よろしく腰に挿し
 「お姉も持ってゆこう」

 納所にある 鏡を取りに二階へと駆け上がる
 「貴重なものだから・・・怒られるかな・・・。」

 ボウは鏡を元の場所に片付け 壁にかけてある しろい般若の面を手に取り 
 「お月さんは見上げるとあえるしな このお面はここでオイラとずぅっと暮らしてきたから連れてゆこう」

 あやしく 笑みとも怒りとも恨みとも つかない表情を浮かべた般若の顔、名のある名匠か 旅のものが寄進したのか 常識の中で薄気味の悪い般若の面も ボウにとっては いつも一緒に寝起きした大事な兄弟家族だった。




                           にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ




3   鬼だ

 3   鬼だ


 「和尚はどうしました。来てござらんか」と 和尚の姿を探す。
 「和尚は寺に・・・。このボウが騒ぐので・・村では犬どもが騒いでいるので観てこいと・・・。集まっているところから察して なにかありましたか」
 僧がしゃべりおわる間もなく 村のものたちはボウへと視線をむけていた。
 

 「なにをみた」村人達はボウへと言葉をかける。
 ボウは それ観たことかと 僧達に視線をむけて
 「なっななっ。オイラが云ったとおりなんだよ。だから皆がこうして集まっているのさ」
 「ボウ なにをみた」村の男達は ボウを囲んで問いただしはじめる。
 ボウがあわてて口を開けようとすると 僧が口をはさむ。

 「いやいや なに 犬どもが騒いでいるので山犬でも出たかと・・」
 僧がそこまで云うと
 「ちがうよ。鬼がでたんだ。オイラ叉さんの家のところに鬼がいるのを観たんだ。うちの和尚様よりおおきかった」

 ボウが小さな身体から 大きな声で主張してみせると 「おおっ」と 村人たちのどよめきがおきる。

 どよめきの中から 一人の男がボウに近づき 肩を掴んで
 「ボウも見たのか オラもぼろ家の隙間からみた。今夜は家の中より外のほうが明るいからな・・・あれは・・あれは鬼だ・・だが・・・だれも信じてくれねぇ」
 家主の叉が必死にしゃべりはじめ 自分の見たものを必死に説明しだす。
 「身の丈なんかオラたちの二人分は在る。頭なんかもじゃもじゃだった。そいつがうちの鶏かっさらっていきやがった」

叉がボウに向かい必死に話す。小さくとも今は唯一の味方とばかりに熱くボウへと語りかける。それをからかうように
 「角はあったのか 寝ぼけてオッカァの角に驚いたんだろう」

 一人の男がからかい笑うと 皆が声を出して笑い始める。
 叉は 顔をあかくして
 「なにおっ!」
 笑い出した男に掴みかかり 「こうしてくれる」と 頭を小突いた。
 

 
 「まあまあ」若い僧と その場の男達は にやけながらとめに入る。
 「とにかく 和尚に相談してみましょう。叉さんとボウが見たものがなんにせよ 見たものは見たんだろうから・・・。」
 年長の僧が なだめるように言葉をだし
 「ボウよ 先に帰って和尚様に伝えてくれ やはり何かが出たみたいだと」
 その言葉に ボウは『まってました』とばかりに
 「わかった。おいらが走って入ってくる」

 返事も終わらぬうちに 勢い寺へと走り出した。
 「おい 一人で大丈夫か これっ」
 走る背中にかける声へも
 「だいじょうぶだっ」
 振り向きもせず 返事を投げて返す。


 『だいじょうぶ』 の つもりで走り始めたが
 月がつくる木の陰 草の陰 そこに人が見えたり 人に見えたり 得体の知れない未知の生き物が見えたり。あたりにこだまする自分の足音が 得体の知れないものを創り あとを追いかけてくる。 
 「ううっ・・。鬼が出たらどうしよう」
 寺へと向かう脚はいつになく速く 休むことはなかった。

 「みえたっ」ボウの目に寺の階段が見える。
 百二十段の階段は目の前に迫り それを短い脚で 勢いよく駆け上がる。
 「よしっ あと十段ぐらいだ」
 ボウが登りきる寸前 寺の敷地に目をむけたその時
 「わーーーっ でたっ」
 目の前に何者かの影が見え 次の瞬間その影にガバッと抱え上げられた。
 「わーーーーーっ 離せこのやろう なんだ離せっ オイラはまずいぞ」
  
 『つかまった』
 鬼は寺へときていた。

 おしまいだ。
 ボウは驚き 鬼に連れて行かれるのは地獄しかない。それだけは御免と暴れに暴れ せめて死んでからは 
 『先祖でいい・・・身内に会いたい・・』
 小さな身体で 魂の求める願いを 表現し 大きな力を『出そう』と あるだけの元気で暴れまくった。

 「これ これ こども暴れるな」
 ボウの耳には 人の声が聞こえてくる。
 「鬼のくせに人の言葉を話しやがるかっ こらっ」
 利かん気の性根が 鬼に向かい最後まで抵抗しようと暴れ続ける。
 
 「こら・・いてっ・・こども」
 鬼のはずだか 言葉は同じだ
 「・・・・儂じゃ 旅の途中の・・・やっかいになっとる旅の坊主じゃ・・旅の僧じゃ・・儂じゃよ」
 声の主は 顎を殴られ 脛を蹴飛ばされ 腕を噛まれ股間をつぶされ
 「儂じゃ おとなしくしろ めずらしい菓子もやったろう 妖怪変化の話もしてやっただろう・・・。」
 「・・・・うん・・・・。」

 抱えられている童子は 急におとなしくなり 脇に抱えられたまま 抱える者の顔を見上げいた。

 「あっ・・ 旅のぼうず・・・」 にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ

 言葉をこぼす。
 「旅の坊主 とは何だ ・・まったく 元気だけは鬼どころではないな・・。」
 ボウを抱えていた 声の主は ボウをおろし
 「おーいたい 痛い あっちこちと痛いわい・・。」
 身体のあちらこちらを さすりだす。

 「なんだ。・・旅の和尚じゃないか。どうしたんだい、顔を猫に引っ掻かれているじゃないかい 猫にいたずらするからさ 血がでてる」
 ボウが他人事のように指をさすと、
 「ばか者 ・・なにが猫じゃ。お前が引っ掻いたのであろうが・・。おー
いたい痛い」
 ボウは「ごめんよ・・・。」と言葉をかけて。
 「・・でも・・。和尚が悪いんだぜ 子供を脅かすもんじゃないよ」
 と 旅の坊主に 説教をしだす。

 「孫子とか読まないの・・。こどもを脅かすからさ」

2  出たよ

   2  出たよ




 面白い話も実際に鶏の数が減ると恐ろしい。今では夜中に出歩くものもすっかりいなくなり 呑みごとの喧嘩もすっかりなくなっていた。

 なぜ無くなったと判るか。喧嘩の仲裁はここの和尚が経を読む次に得意とする事だからだ。ただの和尚じゃない 『怪力和尚と』と呼ばれる和尚だ。
 
 だから村の嫁たちは 男達が始めると寺に和尚を呼びに来た。呼ばれた和尚は『いつもの事』と立ち上がり男達をなだめに行く。酒の入った大虎たちも和尚の『怪力』には歯がたたないのでとりあえずはおとなしくなる。じっさいの処 止めてくれるのをまっているのが本音で 翌朝には酒のせいにしてすっかり忘れている段取りだった。

 その仲裁には童子も提灯を持ってお供だった。酔っ払いたちの言い分を聞いている間 家の中で白湯でももらいおとなしく待っていた。静かに待つ間は どことなく家族になれた気がして少し嬉しくも思えてくる。
 
 そんな些細な楽しみも 鬼の噂がそこいらを歩き始めてからはすっかりなくなっていた。

 童子が月から村へと視線を移してゆくと
 「あっ」驚きの言葉が短くもれる。
 月明かりのした。童子の目に異様を感じさせる人影が飛び込んできた。
 目が不自由なものと年寄り以外は遠くまで見渡せそうな明るい月夜。犬が歩いていても犬と判る。そんな明るい月夜だった。
 
 その犬どもがいっせいに吼え始める。『ワンと』吼える犬 『ウー』とうなる犬。
 「あっ何かいる」童子は目に入るものが異様と気づき立ち上がる。
 「・・・」目を凝らして見つめて、
 「あっ あれは又さんの家だ」

 童子の目でも それが普通の人間よりも明らかに大きいのがわかった。この寺の和尚も大男だが それよりも明らかにでかい。百姓の小さな家がさらに小さく見える。
 「大変だぞ 和尚様にしらせないと 鬼が出たぞ まことに鬼が出た」
 口から言葉は出てゆくが 同時の目はそれから離れなかった。鬼は家の横を鶏小屋へと近づいてゆく。
 「はっ いけないや」童子は踵を返し駆け出した。
 
 「おしょう 和尚様大変だっ 鬼だ 鬼がでた」
 童子が納所の二階から駆け下りてゆく
 「鬼がでたぞっ 兄弟子たち おきなきゃいけない」
 若い坊主たちが眠る大部屋をぬけ 和尚の部屋へとむかう。
 「和尚様」部屋の前で正座をし 二度三度と大声で呼んでみる。
 閉じられたふすまの向こうから
 「なにごとだ」しっかりとした厚みのある声がかえってくる。

 起き上がってきた和尚へと事の次第を話して聞かせると 大きな身体をゆすりながら笑い出す。
 「寝ぼけたな 鬼などいない 噂だ。夢でも見たのであろう」
 ニコリとわらい相手にしてくれない。
 「犬がないてる 鬼見てないてる」
 「・・・鬼見てないてない」と やはり相手にしない。

 童子は立ち上がり、
 「村をみてください 大きな鬼がいます」村の方角指差しうったえる。
 夜中の騒ぎに若い修行僧も集まり
 「こんな夜中に」と 皆で迷惑そうにわらう。
 その笑いの中 少し心配そうに年長の僧が
 「しかし・・・犬どもが先ほどから異常に吼えていますが・・。」
 眉間にしわ寄せ 犬の異様さを口に出す。
 「もしかすると」言葉をつづけて
 「盗人か何か出たのでは・・・村の鶏の数も減っていますし・・・」
 年長の僧の意見に 皆が「なるほど」と見つめあう。

 「よし 誰か村まで様子を見に行きなさい。そしてボウよ」
 ボウとは納所の童子のことだ。
 「お前も行って来い」和尚が云う。
 ボウはしばらく考え込み「いやです」首を横に振りこたえる。
 「オイラはいやです・・。本当にでたんだ」
 遠くから聞こえる犬の鳴き声と好奇心旺盛な子供の怯えに「やはりなにかが・・」そう思ったのか
 「うむ・・わかった。ボウは部屋に戻ってなさい」と 言いつける
 
 ボウは縦に首をふると いそいで納所へと走り戻って村の様子を眺めてみた。部屋からは村人が集まっている姿が 月明かりの中見てとれる。
 ボウが見つめていると 境内を若い坊主三人が 準備を終えて村へと歩み始めていた。

 「・・・よしっ。オイラもついてゆこう」
 いまさら和尚は了承してくれないだろうと ボウはそのまま三人の後を追うために立ち上がった。
 納所を駆け下り坊主三人のもとへ走っていった。坊主たちに近づくと走るのをやめて 早歩きで近づき なんと声をかけるかしばし考えた。
 
 迷った末に「・・・提灯もちましょうか」と 小さな声をかけてみた。
 すると 「わーっ」 三人の若い坊主は 驚いて飛び上がる。
 「なんだっ・・ボウかっ。いきなり声をかけるな」

 明るい夜道。 提灯がなくても歩ける月明かりに 三人は間合いを空けて歩いていたが 驚きと同時に片寄せあって振り向き ボウを見下ろし見つめる。

  
 ボウは提灯を手に持ち 三人の前を歩きながら おもった。

・・・・これだけ明るいのに兄弟子達は驚いていたな。きっと怖いんだ。こんなに明るいのに提灯を握り締めて村までゆくんだ・・・・・

 明るい夜道に しっかりと灯を燈して歩く兄弟子達を ボウはからかいたく想い
 「提灯を消しましょうか。明るいですよ」と、振り向き声をかけてみた。
 「だめだ だめだ。賊と間違われる。提灯を消して歩くときは忍ぶときだ。村のものが不審がる」
 三人の中でも一番たくましく見える僧が 笑いながらこたえる。ボウは「なるほど」と うなづき
 「ちょっとした事でも考えとか意味があるんだな」
 一人納得して 頷き歩く。


            にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ


 村では月夜のなかで 男どもが集まりなにやら騒がしくしている。そのうちの一人が ボウたちに気づいて歩み寄ってくる。
 「ややっ やはりお寺の・・・」
 歩み寄るボウたちと 村のものたちのあいだに 夜中の挨拶言葉が交わされる。

月の道

 


      月  の  道


             1


      月夜  にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ


 天下分け目の関が原から幾年の月日が流れて今 関東では湿った土地が開発され 新しい町が幾つもでき 煌びやかな繁栄が始まっていると云う。

 その煌びやかな繁栄から幾つもの町を離れ 幾つもの山と谷を越え 河を渡り 煌びやかさにはほど遠く しかし 山々の木々は緑濃くそして水は清い。 山村は豊かさに満たされ栄えていた。

 その山村は治める者ができているのか 飢饉への蓄えもしっかりとし 治水の土木作業すら 農繁期の間だろうと怠ることもなく 少しずつでも進んでいた。


  そんな山村の寺の納所に 一人の童子すんでいる。
幼き頃に両親をなくし 物心ついたときには寺でお経を唱え 座禅をくみ 雪降るころには大根を洗っていた。


 周りの者は 親をなくし甘えることも知らない童子をとても不憫に思っていたが 本人にいたっては 周りの気持ちほど気にもしていなかった。
 確かに今夜のように月明かりがつよく 昼間ほどではないにしても遠くまで見渡せる月夜には 丘のうえに建つ寺の納所から見渡す村の灯りに

 「家族で何を話しているのだろう。晩の飯はたべたのかな・・。野良仕事の反省でもしているのかな」と 家族の灯りを羨むこともあった。

 「お父とお母にはさまれて眠るのかな・・・。」
 同時の心に悲しみはないが 一度それを経験してみたいことだった。
 
 しかし 童子には嬉しく思うことがある。
 歳が十歳ぐらいの村の子は 読み書きができる者がない。童子ただひとりだった。
 「家族が欲しいときは 野良仕事にでもゆけばいいさ」

 童子は良く働く。
 この幼さにして すでに皆の役に立たなければ生きていけないことを悟り声がかかれば寺の仕事を済ませて村の者達の野良仕事を手伝い 赤子の子守りをする。皆に喜んでもらうことが この村で自分が生きてゆくたった一つの道だと悟っていた。

 ひとに喜んでもらえると
 「めし食ってゆけ 泊まってゆけ」
 そう声をかけてもらうことができ 至福の瞬間が味わえる。

 もちろん人によっては
 「かえれっ もう用事はない」と 荷役の牛馬のようにコキ使われることが確かにあるのだが。
 「たすかった。また頼むぞ」
 その一言が自分の存在を明らかにして 喜びが湧いてくる。

 
 
 もうすぐ十か十一の歳になるはずだが 自分の生まれははっきりとしていなかった。
 この童子は素直で働き者で みなによくよく可愛がられていたが 一つだけ大人たちが閉口してしまう性根があった。

 好奇心 と いうものだ。

 何かに興味を持つと 自分が納得するまで諦めずに粘る性根がある。
 「なぜ どうして」興味がわきあがると休む間もなく
 「きっとこうだよ ああだよ そう思わないかい こうじゃないのかな」
 口がすっぱくなっても 長雨のようにやむことがなかった。



 こんな童子だから 寺に住み込んでいるのは刺激的なことが多かった。文字を習い書くことはもちろん いろいろ聞く昔々の話。遠い西の果ての国から偉い僧侶が中国にきて そしてその教えが海と云うものをわたり この山村の寺までタドリついたこと。または旅のものが寺に泊まったときに伝え話した 他所の土地での妖怪おとぎ話や もっと身近に伝え聞く鬼や河童

 戦国の豪傑たちの活躍や その恨みが残る土地での祟り話し それらを旅人が脚色して面白おかしく話して聞かせるので飽きることが無い。

 旅で疲れた者たちにとって一泊2日の童子の相手は心が安らぐものだった。が それも三日となると「勘弁してくれ」と 誰も相手にしてくれない

 物分りの良い素直な童子だが 好奇心と云うものに支配されると 誰も止めようの無い 新手の妖怪の様子だった。



 そんな童子は夜 月明かりに納所から村を眺めるのが楽しみだった。
 少し小高い処にある寺 その離れの納所の二階に寝床を与えられている童子は 戸を開け 頬杖をついて村の家々の灯りを眺めていた。



 そんな初夏の夜
 「お月さんは家族があるのかな 星が家族だろうか。兎がいるらしいがどうも嘘っぽいな」
 あふれる蛙の声の中 寝空を見つめ そうつぶやいた。
 「オイラにとって月はお姉みたいなものだな・・オネェかぁー。いろいろ話を聞いてもらっているからお姉だな。・・・・お姉も口がきけたら良いのにな、何かに変化して出てきてくれるといいな、きっと綺麗なお姉に化けてでるぞ」

 夜になると闇といっしょに星が出る。月が出ない夜だ。さすがにその夜は月夜にでない寂しさがわいてくる。星にも語りかけるがお姉のようには返事をしてくれない。

 「お姉が見えると寂しくないや」
 幼きときより寂しさとともにある童子はそれが悲しみとして気づかない。だから自分は幸せにおもえ、たまに襲い来る悲しみと寂しさが何ものなのか気づけなかった。
 「おいらも家族がほしいな」

 納所の童子は村の灯りでふと想う。
 「ここはお月様の明かりだけで・・他の『あかり』がない」
 童子は納所の奥に大切に納められている鏡をそっと持ち出して、月を移し見る
 「ここは・・・関が原から流れてきたお侍の亡霊とオイラ・・そしてお月様だけだ」



 天下を手にした家康が隠居して、新しい将軍が江戸城に住み着いてからは、大御所の力も及ばないのか、あたりには関が原から流れてきた大阪方の亡霊が 夜な夜な歩きまわると もっぱらの噂になっている。

ここ最近では 村の鶏の数がへり それは鬼へと姿を変えた大阪方の亡霊が
血と肉を求めて村を徘徊しているからと云われている。
 そんな噂もいつの間にか 何処そこの誰それが月夜の下で「鶏を抱える鬼を見た」と 話もおどろおかしく 徐々に尾ひれがついてゆく。

小説★月の道 

僕たちのやりたいことは 思いの中にあります

君たちの進むべき道は 感じたところにあります

あなた方の向かうべき場所は 観たものから感じて決めます

行き詰まりの方たち 近くに新たな冒険があります

思い悩む魔に 栄養を与えず 実践で進んでゆきましょう

動かない花たちでさえ 太陽に顔を向けていきます

飛べる理屈のない マルハナバチはなぜか飛んでるそうです

しかも蜜までアツメテいます

理屈はいらない 飛びたいんです

「あぶないよ」と 声をかけても お構いなし

奴らは魂の思うがままにとんでいます

明日は七回言うと 一週間です

今です

今 人生が ゆけ と いっています
  
   おもいのままに


  にほんブログ村 小説ブログ 冒険小説へ